【R15】恋の季節

ぼんやりとお昼どきのニュースを見ていたら
個人的にちょっとがっかりな話題が流れてきた。

「えーっ、今日行けばよかった」

上野のパンダの公開が再開されたという。
行ってきたのだ、昨日、動物園に。8割方パンダを目当てに。

上野動物園に再びパンダがやってくると聞いて
あたしもまた思わず無条件に喜んだ一人だった
たとえそのために中国に毎年多額の借り賃を払わなくてはならなくても。
こればかりはもはや世代というしかないのだろう。

と言いつつも、実際二頭のパンダが来たものの
しばらくはフィーバーで身動きもとれないだろうからと
逢いに行くのを先延ばしにし続けていた。
もちろん、新宿と上野、行こうと思えば
ヒマさえあればいつでも行けるという距離もあった。

そしてようやく、ほとぼりももう冷めただろうからと
それほど興味のなさそうな娘を連れて
せっかくの春休み、ようやくの外出日和だったのに……

でも、誰に似たのか少しクールなところがあるひかり曰く

「あたしだってパパとママがいちゃいちゃしてるところを
踏み込んだりしないもん。そっとしたげなよ」

とやけにさばさばしていた。
ついでに上野の桜でも眺めていこうかとも思っていたのに
こっちも例年にない寒さで、満開はおろか花が咲き始めるのも
あたしたちの誕生日が終わった後になりそうだという。

それでも、ひかりはひかりで
もう動物園なんか楽しい齢でもないだろうに
それなりに楽しんでいたようではあったし、
埋め合わせに足を延ばしたアメ横では
靴やら服やら、お菓子やらを安く手に入れられて満足していた。
あたしもおかげで久々に撩にマグロのお刺身を
これでもかと食べさせてやることができたし
――当の本人は「それより肉食わせろ」って言っていたけど――
それに、これはあいつには内緒なんだけど
こっそりひかりと焼肉ランチしてきたし。
(あの辺は新大久保ほどではないけどコリアンタウンでもあるのだ)

でも、やっぱり見たかった、あの『動くぬいぐるみ』を。
ヤツに言わせれば「赤ん坊は可愛いかもしれんが
あれだけ大きくなっちまうと可愛げもないだろ」だそうだが
ぬいぐるみは巨大でも可愛いように、大人でもパンダは可愛いのだ。

にしても、ずいぶん淡白なものだと思う。
ニュースによれば、一昨日まではラヴラヴだったのに
昨日になったら途端に相手に興味を示さなくなったという。
もっとも、それくらい淡白だから絶滅危惧種になってしまったのだろう。
だとしたら、この地球上で人間がもっとも繁栄しているのも
旺盛な繁殖意欲が一因なのだろうか……なんてことを思いついてしまうのは
その権化たる男と永らく一緒に暮らしているからなのか。

人間の発情期は年中無休、しかも必ずしも繁殖期と合致しない。
だとしたらずいぶん非効率的なのかもしれないけれど
それだけではないのだから、人間の場合は。
あたしたち人間に最も近いといわれるボノボのメスは
『淫乱』であることでも知られている。
とにかく群れのオスにはほとんど誰でも股を広げる。
同種間の争いの多くはメスの取り合いだ
だが、強いものだけが独り占めというのではなく
強いオスも弱いオスもというのなら、争いは起こりえない。
ついでにいえば、生まれた子供も誰が父親か判らないから
ハヌマーンラングールの子殺しのようなことも起きないのだ。

人間だって同じようなもの、性それ自体がコミュニケーションなのだ。
もっとも、ボノボと同じような行為に及べば
それがあたしの場合、平和どころか新宿に血の雨が降りかねないのだが……

ぼんやりしている間に、パンダの話題どころかニュースそのものが終わってしまった。

「天気予報見逃しちゃったな」

そろそろお昼だ、食事の用意をしないとと思っても
ソファから起き上がるのが億劫だったりする。
何か身体がだるいというか熱っぽいというか
火照っているというほどでもないのだけれど
――誰?更年期って言ったのは――
いつも以上に熱を持っている感じがする
そして、「けだるい」という言葉が一番しっくりくるだろうか。
でも、そんな程度で主婦業を休んではいられない
ひかりは今日はいつものメンツで遊びに行っているが
もう一人、我が家には万年食べ盛りがいるのだから。

「なーかおりぃ、メシまだぁ?」

――これが硝煙の匂いをまとったハードボイルドな男の言う台詞か。
今日は珍しく午前中から地下に籠っていたようだったが
男の美学も哀愁も腹時計には勝てないのか。

「あんたの場合、さっき食べたばっかでしょ」
「まぁでもメシの代わりに香ちゃんでもいいんだけどさぁ」

そう言うといつの間にかバックをとって、後ろから抱きつかれた。
――この『種馬』の行為が純粋に『種付け』であるなら
こんないい齢したおばさんに欲情することもないはずだ。

身体に籠った熱が、行き場を求めて猛スピードで全身を駆け回る。
それは女でなくなりつつある兆候などではなく
むしろ未だ女であるがゆえ。
今もなお、月のように満ち欠けを繰り返す何かに振り回されっぱなしなのだ
あたし自身では到底抗いえない女としての本能に
それ自体、すでに動物としては歪んだ本能なのかもしれないけれど。

「なぁ、どっちかにしてくれよ」

耳元で囁く言葉は吐息とともに甘い毒となって
すでに抵抗力を失くしてしまった全身に回る。
身体中がまるで痺れてしまったかのように、その腕を振りほどけない。
なら、いっそ流されてしまおうか。
あたしたちも『恋の季節』なのだから
年柄年中、年齢不問でだけれど。
もしかしたらあの子が帰ってきてしまうかもしれないけれど
きっと昨日の言葉どおり、踏み込んだりすることはないだろうから。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120328/k10014022801000.html