2017-01-01から1年間の記事一覧

1991.12/ポルボロン、ポルボロン、ポルボロン

紅茶を浸したマドレーヌを一切れ口にするだけで 過去の出来事が鮮やかに脳裏に蘇るなんてのは 小説の中だけの話だと思っていた。「へぇ、沖縄のお菓子?」 「Yeah、美味しいから食べてみてよ」そうミックはカウンターに箱を差し出した。 中にはギザギザとし…

【R15】Time, Place, Occasion

前後へと滑るように動くもっこりヒップ ソファの背もたれの向こうに、それだけが まるで水面から浮かび上がったかのように揺れていた。 いつものようにリビングで“芸術鑑賞”に耽る昼下がり おかげで掃除機の轟音も耳に入らないほど 夢中になってしまっていた…

LOVE ADDICTION

一仕事片づけて、次の依頼をあくせく探す必要の無い昼下がり いつものようにリビングのソファに横になりながら ぼんやりと紫煙をくゆらす。 持ち手を除いてたっぷりと灰にすると その「吸い殻」と化した煙草を灰皿に押しつける。 そして次の一本をと、ポケッ…

Prince Charming in the City

「まさかあの子が結婚するなんてねぇ」と言ったのは、高校時代からの友達だった。 そして「あの子」というのは、あたしたち共通の つまり高校の後輩。彼女が「まさか」と言われたのには それなりに理由があって、というのも高校時代 あたしに直接ラブレター…

36.2℃

灯篭流しの小舟が川面に揺れる。 彼女はその中の一隻に、亡き恋人の形見をそっと置いた 給料3ヶ月分、というほどではない指輪 けど彼女はずっとそれを左手の薬指に嵌め続けていたのだ 彼が自ら生命を絶ってから、ずっと。亡き人の死の真相を知りたいと依頼…

who is without sin among you

ある村が焼かれた。 ジャングルの中にある、先住民の小さな村 そこを陥したところで戦略上の何のメリットも無いような 小さな村――ただ一つ、見せしめ以外に。 その村は反政府ゲリラに協力的だった ――彼らの掲げる理想に共鳴してだったのか それとも、ただ彼…

やっぱり赤は似合わない

一応自分にも贔屓の球団ってのはあるが どこかの誰かほど何連敗したからって この世の終わりのように落ち込んだりはしない。 だからもちろんチームが何連勝しようと それが二桁に伸びようと頬を緩めたりはしないのだが――「ほーっ」何でオレが鏡の前で西武の…

定点観測

「じゃあ、そろそろ記念撮影するか」と撩が言えば宴はお開きの合図。「おいおい、それで撮るのかよ」奴が構えたのは携帯電話で、「だったらこれ使え」そう言って俺が手渡したデジカメは 四角くコンパクトなお手軽タイプ。 だったら最近の携帯と 機能としては…

LOVE BEACH

――夏ともなれば渚を駆け抜け「ねーねー、そこのビキニのもっこりお嬢さんたちィ サンオイルか日焼け止め、撩ちゃんが 塗り塗りしてあげよっか♪」 「くぉらぁ、リョオ! ビーチの風紀を乱すなっ!」「撩ちゃんもっこりー♪」を連発する渚のオオカミ野郎と (間…

2017.5.20/Heart Break Cafe

最近ヒカリの様子がおかしい。 といってもいくら幼馴染みの父親とはいえ オレとあの子の付き合いは今やほぼ 「お向かいさん」ということに尽きてしまう。 だからせいぜい街で偶然見かけるか 行きつけのカフェで行き会うかぐらいなのだが ここ数日、ずっと表…

2017.9/それにつけても

「カオリ、それで来週京都に取材に行ってくるんだけど お土産は何がいいかな?」そう色目半分であいつに話を振ってくるのもいつものこと これがもう四半世紀も続いているのだから いちいち目くじらを立てるのも面倒なだけだ。 Cat'sのカウンターでの日常茶飯…

獅子の子落とし

RN探偵社の社長として、調査員の採用も大切な仕事の内だ。 もともとは私一人の個人商店だったけれど 依頼が増え、自分だけでは回し切れなくなって 3人、4人と従業員を増やしていった。 おかげで今では拠点をここ新宿以外にも増やそうかという勢い そのた…

一人じゃないって

本当は寄るべきではなかったのだろう。 けど習慣というのは恐ろしいもので ついつい足を運んでしまった以上 とりあえず顔だけ出しておけば 「何で来なかったんだ」なんてことで 余計な詮索をされずには済む、などと 勝手な言い訳を用意してドアを開けた瞬間 …

1984.5/mezzotint

まさか彼に美術鑑賞の趣味があるとは思わなかった。 槇村が刑事を辞めて、私は警察に残り FBIでの研修のために渡米し一年。 帰国後、初めての“デート”がここだった。「君ならこういうのは好きだと思ったんだがな」と、私の目を見ようともせず 壁にかかっ…

Place I belong

うちは一応喫茶店だけど、開店時間は かつてのもう一つの仕事柄、それほど早くはない。 ファルコンもときどき手伝いに駆り出される以外は そっちの方はすっかり引退状態ではあるけれど オープンはその頃のままだ。そして まだお客もまばらな時間帯、常連の …

【61/hundred】けふここのへに

いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかなこっちにきてからずっと、何で日本人は たかだか1種類の花の開花にこうも 一喜一憂するのかが理解できなかった。 この国を象徴する花だとはいえ 予想日を立てて、咲いたかどうかを役人が確認し それ…

ミモザの日

3月初旬、春まだ遠い風の寒さ 三寒四温のまさに「三寒」真っ只中 この調子じゃ1ヶ月後、本当に桜が咲いているのか 疑いたくなるほど、東京は冬を引きずっていた。 おかげでこっちは猫背をさらに丸めて歩く始末。 だが香はというと、美樹ちゃんと一緒に 『…

Delivery Boy, Delivery Girl

炊飯器が炊き上がりを告げる音でふっと我に返った。事の発端は今日の昼間、Cat'sでのやりとり 美樹さんに少し元気が無かったのが気になった。 聞けば、最近お店に通い始めたマダムの 不躾な一言がきっかけだったとのこと。「帝王切開だと母性が足りないなん…

【41/hundred】わがなはまだき

恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人しれずこそ 思ひそめしか「あら、今日はまだ来てないわよ」店に入ってきたわたしを見るなり カウンターの向こうの女主人はそう言った 誰が来ていないかは省略して。「ち、違うわよ。わたしはただ ここにコーヒーを飲み…

軽い左手

さっきからやけに左手にばかり目が行ってしまう。 いつもより良い腕時計の文字盤、は素通りして その先、薬指には銀色の指輪。ただ、これは いつも身につけているものではなかった「香さん、どうしましたか?」 「いえ、なんでもないです」 「そうですか……あ…

欄干の無い橋

慣れたところへなら自らハンドルを握るが 知らない道ならそうもいかない。 信頼できるナビがいないなら尚更のこと。 そうなると、自ずとバスや電車を使わざるを得なくなる。美樹には「近くじゃないなら白杖を 持ち歩いた方がいいんじゃないの」と言われるが …

究極のトースター

新宿駅東口の伝言板まで依頼が無いか見に行くのは ママの仕事でもありパパの仕事でもあり あたしの仕事でもあったり、要は 「見に行ける人が見に行く」ということなのだが その日たまたま見に行った帰り、 駅前の某大型家電量販店から 荷物を小脇に抱えて出…