2015-01-01から1年間の記事一覧

TONIGHT

相変わらずの不夜城の喧騒の向こうから 除夜の鐘が響く夜。 公共放送の国民的歌番組の決着ももはや付き 画面は各地の年越しの風景を映し出していた。 テーブルの上には、残り少なくなった とっておきのバーボンとアイスペール そしてショットグラスと背の高…

prophetic dream

「どうしたんだ撩、朝からそんな顔して 昨夜は飲み過ぎたか?」と、朝も早よから“出勤”してきた相棒に たしなめられるのはいつものこと。 ただ、不快感の理由だけはいつもと違っていた。「違わい。夢見が悪かっただけだ」 「夢だって?」いつも冷静沈着とい…

1991.12/Demon laughs

年の瀬も押し迫る頃となれば、歌舞伎町は 街全体が毎日忘年会といった様相を呈してくる。 そこのあの店この店に毎晩どこかしらから呼ばれて 年忘れの酒にありつくというのが年中行事だが 今年は少々様子が違った。 俺はというとそっちのけで、宴の主役の座は…

1989.11/Scar of Honor

温泉に行きたいとしつこく言っていたら 瓢箪から駒ということもあるもので、 珍しく撩が「連れてってやる」なんて言うものだから 1泊分の荷物をボストンバッグに詰めて いそいそとクーパーに乗り込んだものの、 止まった先はアパートから数分と離れていない…

1990.4.16/永遠の美女

北鎌倉なんて鄙びたところは俺たちには縁の無いと思いきや シティーハンターの名前というのは、案外 上流階級なんて呼ばれる連中の間の方に むしろよく知れ渡っているようだ。なので今日は その一員たる依頼人との顔合わせのために わざわざ新宿を離れ、ここ…

1992.11/He Stroops to Conquer

「ただいまぁ」 「おかえり。夕飯は?」どこの家でも帰宅時に交わされる、ありふれたやりとり。 でも、我が家が少し余所と違うのは 帰ってきたのが私で、出迎えるのは夫の槇村だということ。「もちろんおなか空かせて帰ってきたわ」 「空腹のところ悪いんだ…

worthy of Champion

あの冴羽撩に決闘を挑む者が現れた というのは裏の世界ではもはや日常茶飯事。 だが、わざわざ見届け人を付けて、という 中世の騎士もかくやという古式ゆかしい 威風堂々たるやり方で、となると 近頃はあまり聞かなかったように思う。でも、その「見届け人」…

White Flag

「そういやお前、SNSの写真 トリコロールにしてるんだって?」バーでのバカ話ついでに、そう元相棒が切り出した。 といっても良くも悪くも強引'g my wayなこいつに 他人の“リア充”なプライヴェートを 覗き見するような趣味はあるとは思えなかったのだが、…

1994.11/Mommy Track

そろそろ、通りによっては吹く風に混じって 金木犀の薫りが漂ってくる季節だが 日が落ちると、それでも人通りの多い歌舞伎町ですら 人恋しいほどに寒さの募る今日この頃。 ここ最近は荒い風に当てないようにしてきた香を わざわざ寒空の下に引っ張ってきたか…

モンスター・パレード

ハロウィーンなんて海の向こうのお祭りだと思ったら 最近やけに急に日本でも定着した感じがある まるで節分の恵方巻きみたいに。 もっとも、イベントごとに目の無い『夜の街』方面では ミーハーな堅気が飛びつく前からすでに定番と化していた。 キャバクラな…

素敵な片想い

仕事を終えて自宅兼事務所へ戻ると「よぉ」ドアの前にしゃがみ込んでいたのは 愛しの隣人だった。「どうしたのよいったい。何か用? 依頼だったら、ちゃんと正規料金取るわよ」 「んな大げさなことじゃねぇよ ただ鍵忘れて出てっちゃったんだよね。 それで帰…

too heavy to love

ジャーナリストという商売はfrom 9 to 5というわけでないから これといって何も起きていない平和な午後に Sweetheartの顔を覗きに行っても特に責められるわけではない。 その代わり、一たびフウウンキュウをツげれば たとえ結婚記念日でもヨウチアサガケは当…

violation of compliance

参ったことになった、と思ったに違いないだろう。よりにもよって、警視庁特捜課のガサ入れに 居合わせてしまったのだ、警視総監の次女のわたしが。 しかも現場指揮官は当然ながら、あの長姉 来年の1月からは東新宿署の署長への栄転が 内々に決まっているそ…

がんばれルーキー

「いらっしゃいま――あ、冴羽さんじゃないっすか」意外な客が来たものだ、といってもここはキャバクラ 彼は「新宿の種馬」、当然の取り合わせだ。 が、ツケをため込んでいるのが香さんにばれて 歌舞伎町出入り禁止になっているというウワサ。 それくらい知っ…

活躍したくない1/100,000,000

広げた夕刊の見出しに毒づいたのは 警視庁で「女性初」の肩書を ことごとく掻っ攫っていった 変わらぬ美貌のエリートだった。「なぁにが『一億総活躍』よ。 女だけじゃまだ飽き足らないっていうの?」といっても、まさに彼女こそ 「女性活躍社会」の先駆けと…

Our Endless War

戦場において、敵の矢玉に斃れることは もはや宿命といっても過言ではない。 それゆえ、もし不幸にもそのような事態に陥っても 当の本人は従容としてそれを受け入れうるだろうし (実際のところどうなのか、向こう岸からは 戻ってこられようがないので判らな…

1993.5/今日は稼業休みます、な懲りない面々

新宿っていやぁ良くも悪くも 毎日がお祭り騒ぎみてぇなとこだが、それが ここしばらくは祭りが終わっちまったような 気の抜けた空気が街を覆っているようだった。 もちろん老若男女、堅気にチンピラ お上りさんも地元っ子もいつものように 通りに繰り出しち…

Si Vis Pacem, Para Bellum

――ああ、今日もだここが昼も夜も眠らない街・新宿である以上 その中心である駅前は一日中ごった返しているのは いつものことであった。ただ、ここ数日 その空気がぴりぴりとしているのは 毎日伝言板を見に通っていれば判ることだ。 それが脛に傷持つ連中の一…

Light of Life

私が育った場所と、ここでは 生命の価値がずいぶん違うような気がする。あの国では常に死が自分たちの近くにいた。 戦争だけではない、貧しさゆえに 病に倒れればそれは生命の危険を表していた 子供も、働き盛りの大人も。でも、この国では違う 世界に関たる…

1993.8/Can't wait for the Summer

カレンダーじゃ真夏のはずが、涼しい日が続き 雨降りも珍しくない今日この頃。 おかげで未だにホットコーヒーも 店の売り上げの中で結構な割合を占めている。 今日は幸いにも雨こそ降っていないものの 曇り空は相変わらずで、少々肌寒いくらいだ。 これじゃ…

1995.7.7/Milky Way

「たっだいまぁ、と」夕刻、日頃の「お出かけ」から帰ってきても まだこの時期は部屋の電灯を点けるまでもない。 だが、暮れなずむリビングで香がぼぉっとした表情で ソファに座っていたら一瞬ぎょっとするはずだ。「ど、どぉしたんだよ、おまぁ」 「あ、り…

collective self-defense

「かおり……か……」ベッドの上、撩がゆっくりと瞼を開けた。 いつものアパート最上階の寝室ではなく 教授のラボの殺風景な病室。 それもまたよくある光景ではあった。が、「香っ!」次の瞬間、彼はばね仕掛けの人形のように 勢いよく上体を起こした。 だが額に…

1995.5/ファースト・コンタクト

これは純粋に自分のエゴだったのかもしれない。 香に子供が生まれるのに合わせて育児休暇を取った 当然、自分の子でないにもかかわらず。 自分の息子の世話も妹に任せきりだったのだ。 いくら彼女にとって可愛い甥であっても 初めての我が子だ、しばらくは水…

嘆き

愛せらるるは薔薇の花 愛することは薔薇の棘……たった4行しかない一編に目がとまった。 古びて紙も色褪せ、めくるたびに指先の脂が 吸われていきそうな古い詩集。 「勉強部屋」の書棚から見つけたものだった。あいつが求めて手に入れたのか 人から貰ったもの…

黄色いバナナの黒歴史

「あっ、安いじゃない」とスーパーの野菜・果物売り場で 手に取ったのは1房のバナナ。 我が家には家でごろごろしては しじゅう腹が減ったとのたまわく穀潰しがいる。 でもバナナだったらけっこう腹持ちがいいので 小腹程度だったら充分満たせるはず、と 見…

健康のために死ねますか?

「はぁ、どうしたものかしら」溜息。手には一枚の紙切れ。 目の前には昼間っからソファに寝転んで のんびりくつろぐ我が家の宿六。久しぶりに教授のところに顔を出し ついでにかずえさんと話し込んでるうちに 「ああ、そういえば」と手渡されたのだ。 撩とあ…

ファースト・バイト

なんてもん、いつから日本でやり始めたんだ? あの悪名高き「ほぼ発泡スチロールのウェディングケーキ」は 式場から姿をほぼ消したものの、それに代わる見せ場として この欧米生まれの風習がこっちでも定着しつつあった。 だが「花嫁を一生食うに困らせない…

パートナー辞めますか、恋人辞めますか

依頼人が撩に惚れてしまうのは日常茶飯事だ というか、そうならなかったケースの方を 数え上げていった方が簡単なくらい。 だからいちいち目くじらを立てていたら 神経がいくらあっても足りたものではないし 人間、慣れというのは恐ろしいもので 彼女たちの…

1994.3/Caesarean section

帝王切開、の語源はかのローマのカエサルが それによって生まれたから、というのは俗説だそうだ。 じゃあ本当のところはどうなんだと言われると 話せば長くなるのだが、その俗説が ラテン語から英語やドイツ語、さらには日本語と訳され 名は体を表さない名前…

キューバ・リブレ

ニュースを見ながら香が発した問いに 俺は我が耳を疑った。「ねぇ、キューバとアメリカって 仲悪かったんだっけ?」たまには二人で晩酌を傾け合いながら ぼんやりとテレビを見ていたときのこと。「っておまぁ、何年俺の相棒やってるんだ? キューバ危機ぐら…