原作以上

もう負けないよ

相棒の成長は、組んでる側としても嬉しいことではある。 けど――「いやぁ、香ちゃんのおかげだよ」 「帰ったら香さんによろしく言っといてね」そんな声をあちこちで聞くたびに 無性に腹の中がもやもやするというか――今ではすっかり、出入りのヤクザを追っ払う…

El Fuego en el Alfaque

そのとき彼らは、テレビが映し出す惨状に目を奪われた ――そのうち一人は視力を失って久しかったが 見えていた頃の習慣と、正面を向いた方が よりそこから聞こえる音をはっきり耳にすることができる という理由からだろう。昼下がりの、喫茶店にとってはそれ…

【R15】Time, Place, Occasion

前後へと滑るように動くもっこりヒップ ソファの背もたれの向こうに、それだけが まるで水面から浮かび上がったかのように揺れていた。 いつものようにリビングで“芸術鑑賞”に耽る昼下がり おかげで掃除機の轟音も耳に入らないほど 夢中になってしまっていた…

LOVE ADDICTION

一仕事片づけて、次の依頼をあくせく探す必要の無い昼下がり いつものようにリビングのソファに横になりながら ぼんやりと紫煙をくゆらす。 持ち手を除いてたっぷりと灰にすると その「吸い殻」と化した煙草を灰皿に押しつける。 そして次の一本をと、ポケッ…

Prince Charming in the City

「まさかあの子が結婚するなんてねぇ」と言ったのは、高校時代からの友達だった。 そして「あの子」というのは、あたしたち共通の つまり高校の後輩。彼女が「まさか」と言われたのには それなりに理由があって、というのも高校時代 あたしに直接ラブレター…

36.2℃

灯篭流しの小舟が川面に揺れる。 彼女はその中の一隻に、亡き恋人の形見をそっと置いた 給料3ヶ月分、というほどではない指輪 けど彼女はずっとそれを左手の薬指に嵌め続けていたのだ 彼が自ら生命を絶ってから、ずっと。亡き人の死の真相を知りたいと依頼…

2017.9/それにつけても

「カオリ、それで来週京都に取材に行ってくるんだけど お土産は何がいいかな?」そう色目半分であいつに話を振ってくるのもいつものこと これがもう四半世紀も続いているのだから いちいち目くじらを立てるのも面倒なだけだ。 Cat'sのカウンターでの日常茶飯…

軽い左手

さっきからやけに左手にばかり目が行ってしまう。 いつもより良い腕時計の文字盤、は素通りして その先、薬指には銀色の指輪。ただ、これは いつも身につけているものではなかった「香さん、どうしましたか?」 「いえ、なんでもないです」 「そうですか……あ…

半径5メートルの平穏

「ただいまぁ」 「おぉ、おかえり」帰ってきても状況は変わっていなかった。 それもそうだ、家を空けていたのは ほんの小一時間ほどなのだから。何てことはない日曜の昼下がり 普段と違うのはパパがこの時間に 家にいることぐらいだろうか。 相変わらずリビ…

恋はカーニバル

男の依頼人だと撩がやる気をなくすのは 昔も今も変わらない。今回だって 「人探しはスイーパーの仕事じゃねぇ」と ごねるのを無理やり引きずってだった。 もっとも、宥めすかしてとまではいかなかったのは 探すのがあいつ好みの美人の人妻だったから。そんな…

いつか来た道、いつか行く道

「そういえば、これからウィスキーはどうなるんだろうな」水割りをちびりちびりと舐めながら ふとそんなことが気になった。「だったらおとなしくバーボンにしとけよ」と、一つ空いた隣の席でロックをあおる義弟が 視線を合わせることなく茶々を入れる。「E…

KING and pawn

「すいませーん、ちょっといいですか?」と通りでこの俺に声をかけるとは、いい度胸だ。 歌舞伎町の客引きならともかく 街頭インタビューやキャッチセールスも、俺と目が合うと 次の瞬間、まずいのを見つけてしまったとばかりに 視線を逸らし、次の獲物を探…

つばめのおやど

「あっ」表通りから一本入った、サエバアパートの非常階段が 面する狭い路地を、文字どおり燕尾服のような 尾羽を翻して、初夏を告げる鳥が颯爽と通り抜けた。 だがそれは、あたしにとってはそんな爽やかなだけの 光景ではなくて――「あーあ」後を追えば行き…

tax heaven

浮かない顔をして香が帰ってきた。 毎度毎度の俺のツケの清算日、それでも今日は ようやくそれに見合った額の報酬も振り込まれて これで大手を振って夜の街へと繰り出せると 思ったにもかかわらず。「どうしたんだよ、そんなシケた面して」 「ただいま、りょ…

End of the USA

さっきから奴は、届いたばかりの夕刊を手にしながら My God! Heavens! Jesus Christ!と 妄りに神の名を口にしていた。「ミック、いい加減新聞を皺くちゃにするのはやめろ 他の客も読む」聞くに聞きかねた店の主がたしなめる。 奴の言うとおり、この店の客…

1993.12/Good Wives

街には木枯らしが吹き始め、冴羽商事もそろそろ 年越しの心配をし始めなければならなくなった頃 アパートにやって来たのは、いつものといえばいつもの だが珍しいといえば珍しいお客様だった。「香さーん、リョオー、いるー?」 「あっ、冴子さん。お久しぶ…

behind your smile

外から聞こえるのは時折車の通る音くらい 静かな部屋に、ただチクタクと秒針の音だけが響く。 その出元を見遣る。すでに「草木も眠る丑三つ時」を過ぎていた。 「眠らない街新宿・歌舞伎町」とはいえもうこの時間では 大抵の店はすでに閉まっているというの…

1994.1/Shirts on the skin

朝、といわず真夜中といわず 些細な物音で目が覚めてしまうのは 相変わらずの悪い癖。 今やベッドも俺一人のものではないのに。 あいつと結ばれて初めて迎える、冬の朝。香の朝は俺より1時間は早い。 朝食の準備だのゴミ出しだの洗濯だの 早くからやってし…

keep on Changes

レコード屋の店先には「全米チャートNo.1」との触れ込みとともに 真っ黒な星がひときわ大きく貼り出されていた、まるで喪章のように。 ――死せるスター、生けるファンを走らす、か。 いや、敗走させられたのはそんじょそこらの ぽっと出の自称スターかもしれ…

TONIGHT

相変わらずの不夜城の喧騒の向こうから 除夜の鐘が響く夜。 公共放送の国民的歌番組の決着ももはや付き 画面は各地の年越しの風景を映し出していた。 テーブルの上には、残り少なくなった とっておきのバーボンとアイスペール そしてショットグラスと背の高…

worthy of Champion

あの冴羽撩に決闘を挑む者が現れた というのは裏の世界ではもはや日常茶飯事。 だが、わざわざ見届け人を付けて、という 中世の騎士もかくやという古式ゆかしい 威風堂々たるやり方で、となると 近頃はあまり聞かなかったように思う。でも、その「見届け人」…

White Flag

「そういやお前、SNSの写真 トリコロールにしてるんだって?」バーでのバカ話ついでに、そう元相棒が切り出した。 といっても良くも悪くも強引'g my wayなこいつに 他人の“リア充”なプライヴェートを 覗き見するような趣味はあるとは思えなかったのだが、…

モンスター・パレード

ハロウィーンなんて海の向こうのお祭りだと思ったら 最近やけに急に日本でも定着した感じがある まるで節分の恵方巻きみたいに。 もっとも、イベントごとに目の無い『夜の街』方面では ミーハーな堅気が飛びつく前からすでに定番と化していた。 キャバクラな…

too heavy to love

ジャーナリストという商売はfrom 9 to 5というわけでないから これといって何も起きていない平和な午後に Sweetheartの顔を覗きに行っても特に責められるわけではない。 その代わり、一たびフウウンキュウをツげれば たとえ結婚記念日でもヨウチアサガケは当…

がんばれルーキー

「いらっしゃいま――あ、冴羽さんじゃないっすか」意外な客が来たものだ、といってもここはキャバクラ 彼は「新宿の種馬」、当然の取り合わせだ。 が、ツケをため込んでいるのが香さんにばれて 歌舞伎町出入り禁止になっているというウワサ。 それくらい知っ…

活躍したくない1/100,000,000

広げた夕刊の見出しに毒づいたのは 警視庁で「女性初」の肩書を ことごとく掻っ攫っていった 変わらぬ美貌のエリートだった。「なぁにが『一億総活躍』よ。 女だけじゃまだ飽き足らないっていうの?」といっても、まさに彼女こそ 「女性活躍社会」の先駆けと…

1993.5/今日は稼業休みます、な懲りない面々

新宿っていやぁ良くも悪くも 毎日がお祭り騒ぎみてぇなとこだが、それが ここしばらくは祭りが終わっちまったような 気の抜けた空気が街を覆っているようだった。 もちろん老若男女、堅気にチンピラ お上りさんも地元っ子もいつものように 通りに繰り出しち…

Si Vis Pacem, Para Bellum

――ああ、今日もだここが昼も夜も眠らない街・新宿である以上 その中心である駅前は一日中ごった返しているのは いつものことであった。ただ、ここ数日 その空気がぴりぴりとしているのは 毎日伝言板を見に通っていれば判ることだ。 それが脛に傷持つ連中の一…

collective self-defense

「かおり……か……」ベッドの上、撩がゆっくりと瞼を開けた。 いつものアパート最上階の寝室ではなく 教授のラボの殺風景な病室。 それもまたよくある光景ではあった。が、「香っ!」次の瞬間、彼はばね仕掛けの人形のように 勢いよく上体を起こした。 だが額に…

嘆き

愛せらるるは薔薇の花 愛することは薔薇の棘……たった4行しかない一編に目がとまった。 古びて紙も色褪せ、めくるたびに指先の脂が 吸われていきそうな古い詩集。 「勉強部屋」の書棚から見つけたものだった。あいつが求めて手に入れたのか 人から貰ったもの…