2014-01-01から1年間の記事一覧
それは何てことのない一本の電話から始まった。「えっ、うん、わかった。 なぁん、お母さんも気ぃつけられ」いつもと違う口調のカノジョが電話を切ると さっきまでのおっとりとした印象が一変した。「ミック、すぐ荷造りできる? それと富山までのチケット!…
「お父様、お父様!」夜もまだ明けやらぬうちに 末の娘が寝室に飛び込んできた。 手には古風な文のようなもの。「部屋の、机の上に、これが……」上の姉たちはみな嫁いで家を出ていったが この子もいつ縁談があってもおかしくない年頃だ。 なのに、この慌てぶ…
撩ではなくあたしご指名の仕事ということで 喜び勇んで出かけたものの、要は便利屋代わりというか いわゆる「偽装恋人」の依頼だった。 もっとも、「何でもやります」と銘打って ビラをまいていたのはあたしなのだから 報酬も入ったし、願ったり叶ったりなの…
情報交換、という名の逢瀬が今の自分にとって 日々の生活の中で一番待ち遠しいものだった。 それくらい、彼のいない毎日はつまらないものだったし 会って他愛もない話をするだけで心が浮き立った。でも、少なくとも今日の彼はそうではないようだ。「あら、ど…
「お前、香の気持ちは知ってるんだろう」タコ坊主に言葉尻を捉えられた。「知ってるも何も、当然だろ 『こんなバカ男、馬に蹴られて死んじまえ』ってな」「冴羽さん!」「残り四感」が鋭い海坊主ならともかく 美樹ちゃんもお見通しだったとは。 もちろん「仕…
季節というものは、三寒四温というように 少しずつグラデーションで変わっていくものだと思っていた。 でも、本当はそうではないみたいだ。 寒い日が続いていたと思ったら、ある日突然 ぽかぽか陽気になって冬が終わり うららかな陽気も、いきなりカーッと暑…
「葉山先輩、婚約されたんですって」 「まぁ、それでお相手は?」今どき書き言葉でしかお目に掛かれない純然たる『女言葉』を このキャンパスでは未だに耳にすることができる。 いわゆる「さようなら」が「ごきげんよう」の世界なのだ。 あたしはというと、…
「もう、あんたなんか大っ嫌いっ!」と、捨て台詞とともに振り下ろされる捨てハンマー。 どちらの方がダメージが大きいか、一目瞭然だろう ずきずきと痛むハートは心疾患でもなければ 肋間神経痛でもないはずだ。 その痛みと背中に圧し掛かる重みを堪えつつ …
あいつが帰ってきた、ぐでんぐでんに酔っぱらって というのはいつものこと。 まるで背骨を失くしてしまったように 床に伸びているあいつを、肩に抱えて 引きずるようにして部屋へと連れて行くのも。 ただでさえの大男なのに、全身の力が 抜け切ってしまった…
依頼人との打ち合わせは済んだものの 話ばかりで出されたコーヒーは手つかずのままだった。 ぬるくなってしまうと美味しくなくなってしまうが 残すのも勿体ないと口をつけたところ 猫舌のあたしにはちょうどいいくらいになっていた。 とりあえずこれを飲んで…
「――ようやく明けたか」外はまだ太陽こそ昇っていないものの 群青の空がしらじらと明るくなり始めていた。 傍らに眠るのは我が相棒、日付は3/15 といってもここはクーパーの運転席と助手席で 俺たちは暖房もつけられない車内でがっつり完全防備だ。 世のバカ…
歌舞伎町の裏通りは、八甲田山と化していた。「……ウソだろ?」と思わず呟いたとしても、それは紛れもない現実だった。 表の車が行き交う道ならタイヤが絶えず除雪してくれるが そうはいかない所だと、うず高く積もった雪を 踏み分けて行かなければならない、…