2014-01-01から1年間の記事一覧

never make you cry again

それは何てことのない一本の電話から始まった。「えっ、うん、わかった。 なぁん、お母さんも気ぃつけられ」いつもと違う口調のカノジョが電話を切ると さっきまでのおっとりとした印象が一変した。「ミック、すぐ荷造りできる? それと富山までのチケット!…

51 years ago

「お父様、お父様!」夜もまだ明けやらぬうちに 末の娘が寝室に飛び込んできた。 手には古風な文のようなもの。「部屋の、机の上に、これが……」上の姉たちはみな嫁いで家を出ていったが この子もいつ縁談があってもおかしくない年頃だ。 なのに、この慌てぶ…

human first

撩ではなくあたしご指名の仕事ということで 喜び勇んで出かけたものの、要は便利屋代わりというか いわゆる「偽装恋人」の依頼だった。 もっとも、「何でもやります」と銘打って ビラをまいていたのはあたしなのだから 報酬も入ったし、願ったり叶ったりなの…

晦日の月

情報交換、という名の逢瀬が今の自分にとって 日々の生活の中で一番待ち遠しいものだった。 それくらい、彼のいない毎日はつまらないものだったし 会って他愛もない話をするだけで心が浮き立った。でも、少なくとも今日の彼はそうではないようだ。「あら、ど…

need not to know

「お前、香の気持ちは知ってるんだろう」タコ坊主に言葉尻を捉えられた。「知ってるも何も、当然だろ 『こんなバカ男、馬に蹴られて死んじまえ』ってな」「冴羽さん!」「残り四感」が鋭い海坊主ならともかく 美樹ちゃんもお見通しだったとは。 もちろん「仕…

1985.6.1/夏のはじめ

季節というものは、三寒四温というように 少しずつグラデーションで変わっていくものだと思っていた。 でも、本当はそうではないみたいだ。 寒い日が続いていたと思ったら、ある日突然 ぽかぽか陽気になって冬が終わり うららかな陽気も、いきなりカーッと暑…

Every Jill has her Jack somewhere

「葉山先輩、婚約されたんですって」 「まぁ、それでお相手は?」今どき書き言葉でしかお目に掛かれない純然たる『女言葉』を このキャンパスでは未だに耳にすることができる。 いわゆる「さようなら」が「ごきげんよう」の世界なのだ。 あたしはというと、…

I Hate You

「もう、あんたなんか大っ嫌いっ!」と、捨て台詞とともに振り下ろされる捨てハンマー。 どちらの方がダメージが大きいか、一目瞭然だろう ずきずきと痛むハートは心疾患でもなければ 肋間神経痛でもないはずだ。 その痛みと背中に圧し掛かる重みを堪えつつ …

corkscrewed

あいつが帰ってきた、ぐでんぐでんに酔っぱらって というのはいつものこと。 まるで背骨を失くしてしまったように 床に伸びているあいつを、肩に抱えて 引きずるようにして部屋へと連れて行くのも。 ただでさえの大男なのに、全身の力が 抜け切ってしまった…

恋の奴隷

依頼人との打ち合わせは済んだものの 話ばかりで出されたコーヒーは手つかずのままだった。 ぬるくなってしまうと美味しくなくなってしまうが 残すのも勿体ないと口をつけたところ 猫舌のあたしにはちょうどいいくらいになっていた。 とりあえずこれを飲んで…

最悪のホワイトデー

「――ようやく明けたか」外はまだ太陽こそ昇っていないものの 群青の空がしらじらと明るくなり始めていた。 傍らに眠るのは我が相棒、日付は3/15 といってもここはクーパーの運転席と助手席で 俺たちは暖房もつけられない車内でがっつり完全防備だ。 世のバカ…

眠らない街が眠る夜

歌舞伎町の裏通りは、八甲田山と化していた。「……ウソだろ?」と思わず呟いたとしても、それは紛れもない現実だった。 表の車が行き交う道ならタイヤが絶えず除雪してくれるが そうはいかない所だと、うず高く積もった雪を 踏み分けて行かなければならない、…