2016-01-01から1年間の記事一覧

名を捨て実を取る

一人暮らしで不便なことといったら 数え上げればキリが無いが 一番困るのは体調を崩したときだろう。 泣こうがわめこうが家にいるのは自分一人 己の看病は己でしなければならない。 ぬるまったアイスノンや汗をかいたパジャマを 取り替えるくらいならまだ何…

【95/hundred】うきよのたみに

おほけなく うき世の民におほうかな わが立つ杣に墨染の袖アパートの屋上から眺める、見慣れた新宿の街並み。 吹き始めた木枯らしがこの街から雲という雲を 追い払ってしまったようで、頭上には青空が広がる。 でもその景色が寒々しく見えるのはあたしだけだ…

細腕&太腕繁盛記 vol. 4 酒種パン

たまたま(寝汚い俺には)珍しく 開店直後の店に顔を出したからだろう ここにはずいぶん入り浸っているが こういう光景を見るのはこれが初めてだった。「ちわ〜っす」とプラスティックの大きなトレイ ――こういうところより、スーパーの バックヤードの方が似…

My Sweet Cubs

「なぁリョウ、お前、昔のこと 思い出したりするときってあるか?」金髪の腐れ縁が突然訊いてきた。 いつものようにさんざ飲み歩いて 最後に辿り着いたいつもの店で むさくるしくも男同士、肩を並べながら。 しかもカウンターの向こうは 頭は空っぽながら顔…

半径5メートルの平穏

「ただいまぁ」 「おぉ、おかえり」帰ってきても状況は変わっていなかった。 それもそうだ、家を空けていたのは ほんの小一時間ほどなのだから。何てことはない日曜の昼下がり 普段と違うのはパパがこの時間に 家にいることぐらいだろうか。 相変わらずリビ…

After Carnival

砂浜にひとり腰を下ろす。 目の前に広がるのは広々とした大海原 そして左手前方には砂州で陸と結ばれた 緑の小島があるはずが、今日はあいにくの天気 もやで霞んで、姿を見せてはくれない。 ――あーあ、ヌードの弁天様にも嫌われたか。この砂浜にも、ほんの数…

1991.10/Sorrow and joy are today and tomorrow.

こういうのを“lucky break”というのだろうか 日本語でいえば……確か「ケガのコウミョウ」 これもまさに文字どおりの意味だ。ミス・ハヅキの依頼に乗せられ、亡命中の大統領なんて VIPの護衛に駆り出された挙句に 己のスイーパーとしての限界を突き付けられ…

蓼食う虫

大きな塗り椀の蓋を開けた瞬間、香の顔色が変わった。「うわぁ……」と安っぽいグルメリポーターのような歓声を上げたが その眼は喜色に染まってはいなかった。 小顔のあいつの顔程もある大きな椀の中は 紅玉と黄金の2色に塗り分けられたかのようだというのに…

1994.11/プレママとプレパパと果物と

ピンポーン 「はーい」 《カエル急便でーす》インターホンに呼び出されるままにほいほいと 玄関先に向かうあいつの危機感の無さに 溜息をつきたくなるのはいつものこと。 わざわざ制服を着て襲いに来る奴もいるというのに。 もっとも、玄関といってもエレベ…

1989.12/Goodbye, Humpback

「はい、one two, one two!」軽快なビートに負けじと手拍子が響く。 そのリズムに合わせて美男美女たちが 肩で風を切るように歩き、ポーズを決めると 颯爽とターンを決め、歩き去っていく。 その容貌もさることながら、姿勢の美しさ 舞台上を歩く一連の動き…

タナトスの誘惑

また病室に逆戻り、か…… 今度は広大な和風建築の中にある 私設ラボ&クリニックというなどという変わり種ではなく ごくごく普通の総合病院、といっても 病室の中の景色はどちらも大差は無かった。“教授”と呼ばれる老医師のもとでの 治療とリハビリを耐え抜い…

恋はカーニバル

男の依頼人だと撩がやる気をなくすのは 昔も今も変わらない。今回だって 「人探しはスイーパーの仕事じゃねぇ」と ごねるのを無理やり引きずってだった。 もっとも、宥めすかしてとまではいかなかったのは 探すのがあいつ好みの美人の人妻だったから。そんな…

細腕&太腕繁盛記vol. 3 Parfait

パフェグラスにコーンフレークと アイスクリームを交互に盛りつける。 1すくい目をバニラ、2すくい目をチョコレートの アイスと味を変えるのがうちのこだわりだ。 中身がグラスの縁に届きそうになったら、これからが勝負だ。 大きく深呼吸をすると、傍らの…

Before/After the Carnival

「――○○××、○○××でございます」穏やかなコーヒーブレイクを一撃で破壊するウグイス嬢の美声。 まだ衆院や都議選と比べればマシな方だが (区議選となるとノイローゼになりそうだ) 参院でも東京都全域で31人も出ている。 まさに「犬も歩けば選挙宣伝カーに当…

いつか来た道、いつか行く道

「そういえば、これからウィスキーはどうなるんだろうな」水割りをちびりちびりと舐めながら ふとそんなことが気になった。「だったらおとなしくバーボンにしとけよ」と、一つ空いた隣の席でロックをあおる義弟が 視線を合わせることなく茶々を入れる。「E…

Fighting Spirit

「物足りん」とロックグラスのストレートを一息にあおるなり 彼はそう言い放った。そのグラスに さっきまでたっぷりと注がれていたのは 琥珀色の、ではなく透明な液体。 でもそれは、最近ではさほど珍しいことではなかった。ファルコンの愛飲する銘柄といえ…

燃費も善し悪し

「これでとうとうあたしも人のこと 言えなくなっちゃったわね」店のテレビで流れるニュースに そんな言葉が思わずこぼれた。「あれ、美樹さん新しいのにしたんだっけ」そんな半分独り言のようなあたしの言葉に 反応したのは、ほんの数ヶ月前 「人のことを言…

1992.6/Romantic Grey

あれから随分経った。 ユニオン・テオーペの残党の中で最大勢力を誇った シンセミーリャを壊滅に追い込み、記憶を失い ユニオンを経てそこの幹部に納まっていた フェルナンド・ミナミこと槇村も記憶を取り戻し 冴子と7年越しの縒りを戻したのだが 世の中そ…

30 years after, She is....

ナースステーションでのミーティングで 看護師長が口を開くことはほとんどない。 いつもは「それじゃ皆さん、今日も安全に気を付けて」と 毎日変わることのないお題目の後に解散となる。 ただ、今日は違った。「じゃあ最後に、最近気になった点をちょっと」…

Atomic Babies

「どうじゃったかの、広島は」土産物のメイプルリーフ形の和菓子をつまみつつ グリーンティーを喫しながら、正面の老人は問うてきた。「やはり‘Seeing is believing(百聞は一見に如かず)'ですね 行ってよかったと思います、これからこの国で 生きていくと…

KING and pawn

「すいませーん、ちょっといいですか?」と通りでこの俺に声をかけるとは、いい度胸だ。 歌舞伎町の客引きならともかく 街頭インタビューやキャッチセールスも、俺と目が合うと 次の瞬間、まずいのを見つけてしまったとばかりに 視線を逸らし、次の獲物を探…

はちすのうてな

【Caution ※ 注意!】 ブツブツしたものを目にするのが嫌いな方、苦手な方は 続きを読まないことをお勧めします! その症状が悪化ないしは固定化され こじらせてしまいかねませんので…… 事実、店主自身がそうなってしまいました【泣】

つばめのおやど

「あっ」表通りから一本入った、サエバアパートの非常階段が 面する狭い路地を、文字どおり燕尾服のような 尾羽を翻して、初夏を告げる鳥が颯爽と通り抜けた。 だがそれは、あたしにとってはそんな爽やかなだけの 光景ではなくて――「あーあ」後を追えば行き…

tax heaven

浮かない顔をして香が帰ってきた。 毎度毎度の俺のツケの清算日、それでも今日は ようやくそれに見合った額の報酬も振り込まれて これで大手を振って夜の街へと繰り出せると 思ったにもかかわらず。「どうしたんだよ、そんなシケた面して」 「ただいま、りょ…

細腕&太腕繁盛記vol. 2 ナポリタン

「えーっ、無いのー!?」と香が素っ頓狂な声を上げた。 近所、というほどではないが俺たちの行動範囲内に この店が出来て(数年前までは美人姉妹が 切り盛りしていたらしい。そのときに行けばよかった;泣) 今ではこうして顔を出してはタコ坊主のマスター姿…

End of the USA

さっきから奴は、届いたばかりの夕刊を手にしながら My God! Heavens! Jesus Christ!と 妄りに神の名を口にしていた。「ミック、いい加減新聞を皺くちゃにするのはやめろ 他の客も読む」聞くに聞きかねた店の主がたしなめる。 奴の言うとおり、この店の客…

1993.12/Good Wives

街には木枯らしが吹き始め、冴羽商事もそろそろ 年越しの心配をし始めなければならなくなった頃 アパートにやって来たのは、いつものといえばいつもの だが珍しいといえば珍しいお客様だった。「香さーん、リョオー、いるー?」 「あっ、冴子さん。お久しぶ…

世界への第一歩

「冴羽商事はアフターサービスが売り」と言ったのは 取締役社長の方だが、依頼人のお見送りまでが 我が社の業務内容といっても過言ではない。 だから今まで依頼人の数多くの背中を見送ってきた ある人は駅で、ある人ははるばる空港まで そして、案外見落とさ…

blind faith

ちょっと学校でいろいろあった。 でもそれは毎度のように、ひかりのヴァイタリティ溢れるお節介と それを背後からクールに突っ込む秀弥の鋭い洞察で見事解決。 これがオレたち生徒会の日常業務みたいなものだけど こんなことが続くと少々考えずにはいられな…

KNOCK KNOCK CATS

それは普段の、何てことのない外出でのことだった。「あらファルコン、いいわよ あたしが運転してくから」 「いや、かまわん」 「でも目が――」 「慣れた道だ。多少見えなくても判る」 「……はいはい、判ったわ あたしにはランクルのハンドルは触らせないのよ…