終わりのない傾き

人探しなんてスイーパーの仕事じゃねぇ、ってのは
いったい何年言い続ければ判ってもらえるのだろうか。
それでもまだ美人探しならモチベーションも上がるが
その前に「将来の」が付いてもなぁ……
本当に美人になるかどうか保証は無いだろうし。

けれども10代の少女の家出は
その家出娘が母親になるほどの歳月が過ぎようと
未だ無くならない問題でもある。
その上、今はネットなんてものまで出ちまって
彼女たちを巡る状況はより混沌としつつあるのかもしれない。

おかげで今回は「そーゆーのパパ全く判んないでしょ」と
件の家出娘2世の手を借りる羽目になった。
同世代の少女たちは、何の当てもなく東京にたどり着いても
駅ならぬネットの掲示板を駆使して
その日の寝場所や当面の仲間などを得られるらしい。

さすがはひかり、そういうネットの情報の海の中から
(ジェイクの手も借りたようだが)その家出少女を探し当て
そこからは、こればかりは同世代の子供にしかできない裏技だが
同じ家出仲間のふりをして近づき、実際に顔を合わせ
同じような身の上にしか開かせない心の内を打ち明けてくれたようだ。

けど、依頼人はあくまで親で
その内容は見つけ次第家へと連れ戻すこと。
そのために安くはない前金をすでに貰っていて
その一部はすでに育ち盛りの栄養となっているのだ。
それをすでに棚に上げて、ひかりは噛みついてきた。

「サイッテー」

その眼は明らかに父親の俺を侮辱していた。

「彼女がなんで家出したか、判ってんでしょ!?
家にいたくないって、言ったよね?
あんな冷え切ったとこ、自分の居場所じゃないって――」

これはあくまで子供の側の言い分に過ぎないが
彼女の両親はどちらも娘に眼もくれようとしなかった
仕事ばかりの父親、心の内に気づこうとせず
「良い子」であることばかりを求める母親――

「どうせ捜索願だって、世間体の問題でしょ!?」

そして、これは俺自身も子を持つ親だから思ったことかもしれないが
そんな親でも、子供がもし目の前からいなくなったら
目の色を変えて心配するものだ
これまでの自分の行いを心から悔いながら。
XYZに縋った彼女の両親の中にも
はっきりとそれは感じられた。

「それに――あんな親なんかよりあの人の方が
よっぽど彼女のために親身になってくれたじゃない」

家出娘が身を寄せていたのは、ネットで知り合ったばかりの
彼女たちが言うところの「神」のところではなかった。
その前からずっと、ネットを通じて交流のあった
同じミュージシャンのファンだという30過ぎの独身男
そもそもそのミュージシャンが、10代の少女が
ハマるには少々渋すぎるせいもあって
普段は身近でできないファン談義から、次第に
プライヴェートの悩みも打ち明ける関係になっていった。
そして――何かのきっかけで、あの子の我慢が
一気に溢れ出してしまったのだろう
彼女は家を飛び出し、唯一の味方である
齢の離れた“友人”のいる東京へと――

「知ってるよ、あたしだって
親切ぶって家出の子を泊める代わりに
“一宿一飯の恩義”を求めてくる
クズ野郎がいるってことぐらい。
でもあの人は何もしなかった
それどころか――なのに
パパもそう思うんだ
『血は水よりも濃い』って」

――その言葉は、かつて俺たちが最も毛嫌いしていたものだった
俺たちが拠って立つ“地面”を、根底から
暴力的に覆す、この世界の「常識」というやつ。
俺も香も、それを振りかざす奴等には
片っ端から歯向かっていった、この世には
血よりも濃い水が確かに存在しているのだと。

だが、いつしか俺にも「血の繋がり」というものが生まれ
その黴の生えた「常識」を信じたい、縋りたいと
気がついたらそう思うようになってしまったのかもしれない
血縁以外の何の根拠も条件とせずに。

「――断言するよ、賭けてもいい
あの子、また家出するよ」

たとえ当の本人が不貞腐れていても
探し続けていた我が子と対面した両親の眼は
はっきりと輝きをたたえていた。
その気持ちを忘れなければ、きっと
彼らはやり直せると確信していたが、それすら
ひかりは、いつか忘れてしまうと吐き捨てる。

「そのときはどうするの? 今度はそのクズ男の
餌食になっちゃうかもしれないんだよ!
それでもいいっていうの!? ねぇッ!!」

必死に俺を見上げ、Tシャツの胸元を掴む。
それでも変わらぬポーカーフェイスに
掴んでいた細い指が緩んだ。
そして、いいんだ、と淋しそうに口唇が動く。

さっきまでの射るような眼差しは
シティーハンターとしての俺にだけ向けられたものではなかった
父親としての「俺」にも――もし俺があの親のように
血の繋がりの上に胡坐をかいて
心の繋がりを蔑ろにすれば、ひかりもまた同じように
雑踏の中にその華奢な背中を紛らせてしまうのかもしれない。
それでもかまわないのか――
ぐらり、と拠って立つ足元が傾いた気がした。

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