Shotgun Marriage

Cat'sが他の喫茶店と違うのは普段はテレビをつけっぱなしにしていないところだ。
BGMはマスターの趣味のクラシック(相当枚数を持ってるらしい)
それが会話を邪魔しない程度に控えめに流れているから
落ち着いた雰囲気でコーヒーとおしゃべりを楽しめるのだけど
今日は入ってくるなりいつもとは全く違うと嫌でも気づいた。

「あれって絶対『出来“ちゃった”結婚よねぇ」

と、美人ママが敢えて失敗を意味する部分を強調すると

「そうそう。避妊に失敗したからしょうがなくっていうか」
「子供が出来なきゃ絶対結婚しなかったんじゃないの?」

そう常連も同調する。
話題の中心はついさっき電撃結婚を発表した若手アイドルのカップルだった。
それについては駅で伝言板を見にいったついでに
アルタの巨大スクリーンでそのニュースを聞いてびっくりしたんだけれど
新妻は妊娠初期と知って妙に納得したものだった。
とはいうものの、新郎新婦はともに美男美女ではあるが
同じくともに恋多き男、恋多き女でもあった

「あれは絶対、数年以内に離婚するわね。誓ってもいいわ」

さすがに浮気調査も飯の種の女探偵が自信たっぷりに断言した。
だが、本人たちの評判ということだけでなく
世間では『出来ちゃった結婚』略して『デキ婚』は
まだまだとやかく言われなければならないものらしい。
確かに、ここにいる既婚女性たちはみな結婚→妊娠という
しかるべき順序を踏んだ者ばかりだ。
それに比べればあたしなんて結婚もせずに(できない事情はあったものの)
子供を生んでしまったのだから、件の二人以上に「ふしだら」なんだろうけれど。
だからというわけじゃないけれど、あたし自身『出来ちゃった結婚』そのものについて
一緒になってあれこれ非難するつもりは無かった。

ついこの前までの依頼人も、そんなカップルの一組だった。
ただ二人は恋人同士としては長い付き合いだったのだが
長すぎるがゆえにこれ以上距離を詰められずにいた、かつてのあたしたちのように。
要はきっかけさえあればいいだけの話だった。
それは人によっては天変地異だったり、生命の危機だったりする
たまたま二人にとっては新しい生命がそうだっただけのこと。
だけどそれだけでそう簡単にうまくいかないからこそシティーハンターの出番であり
その事実を知った彼は詐欺グループから足を洗ってまともな父親になると誓ったのだ。
もちろん連中は二度と彼らに手出しができないようにあたしたちで潰してやったけれど。

二人も世間でいう『デキ婚』のうちの一組かもしれないけれど
そう思われている以上にいい夫婦に、いい両親になるとあたしは信じてる。
別れるくらいだったら、まだ恋人だったときにダメになっていたはずだ
それでもずっと一緒だったのだから、これから先も共に歩いていけるはず。
けれど当然ながら、世のデキ婚カップルがみな『長すぎた春』タイプというわけではないのだ。

「ってそもそも、最近の子たちってちゃんと避妊してるのかしら」

と、本職ではないものの医師らしく嘆くかずえさん。

「いくら安全日でも、病気に『安全日』は無いんだから」

そう言うなり、いま教授のところで面倒を見ている若い女性患者(もちろんジャンキー)が
血液感染の病気持ちだということを延々とグチり始めた。
そういう趣味だから消毒もしていない注射器でうつったのかもしれないけれど
どちらにしても治療のため点滴一つうつにしても細心の注意を払わなければならない。
普通の患者だって針刺し事故には気をつけなければならないのだが
最初からハイリスクと判っていれば緊張もなおさらなのだから。
って今日の本題は性感染症ではないのだ。

「どうせ妊娠しなきゃデキトーに付き合ってテキトーに別れてたわね」
「じゃあなんでそんなテキトーな相手と無防備なことするのよ」
「――っていうか、そういう添い遂げるつもりのない人と
そういうことができるのが不思議っていうか……」

そのとき、店中の視線が一点に注がれた。
確かにあたしの言っていることは古くさいモラルかもしれないけど
そういうここにいる面々だってあたしとさほど齢は変わらないじゃないの。
それに、今どき世間じゃどうのこうのと言ってても
実際に自分たちだってそうだったじゃない。
かずえさんだって前の人とは婚約までしていたんだし
今は肉食ライフを満喫している麗香さんだって、初めて逢ったときは
撩に「処女だ」って見抜かれていたのはまだ覚えているわよ。
そして、美樹さんは言わずもがな。

――あたしたちはずっと探り合っていた、互いの気持ちを、自分の気持ちを
この想いは本当に愛なんだろうか、それはいつか変わっていってしまうものではないのだろうか?
お互いに確証を得られたとき、ようやく初めて一線を越えられたのだ。
それこそがあたしたちにとっての『けじめ』だったのかもしれない
世間からすれば「ふしだら」な、あたしたちなりの。

もちろんあたしだって、こんな純愛今どき流行らないという自覚はある。
普通のOLだってセフレがいたりする時代、かつての『種馬』が純情に思えるくらいだ。

「ま、要はちゃんと避妊さえすれば、ね?」

と美樹さんが無理やりその場を丸く収めようとする。
でも、何か論点がずれているような……
実際に子供が出来なきゃいいっていう問題じゃない
その人のためならお腹を痛める覚悟――もしかして命を落とすことになっても――
たとえ愛が無いにしても、その『結果』を自分一人で引き受ける覚悟が無ければ
躰を許してはいけないと思うのはあたしだけだろうか?
それくらい神聖で厳粛な『儀式』なのだ、愛の行為は。

きっとあいつだったらこう言うだろう
その行為を、愛の裏側に潜む闇の部分まで
真っ直ぐに向き合い、見つめ続けたあの男なら

「――もっこり甘く見んじゃねぇぞ!」