NOISE

「どーしたんだよ、その大荷物」

コーヒーを飲みながら優雅に一服していた撩が
駅の伝言板から帰ってきたあたしを見て目をまん丸くした。

サエバアパートはいわゆるポスティング業者にとって恰好の餌場のようだ
外玄関を入ってすぐにずらりとポストが並ぶ
そこに片っ端からチラシを突っ込んでいけばいいのだ
もっとも、その大部分は読まれることはないのだけど。
この手のチラシには俗にいう『ピンク』関係も多く
あやしいマッサージやAVの通販などは
撩の眼に触れる前にあたしが処分しなければならない。
もちろん、それ以外の空き部屋のポストに投げ込まれたチラシを
処分するのも大家兼管理人のあたしたちの務めだ。

んなもん、ガレージのゴミ箱にでも捨てればいいだろと撩が吐き捨てる。
あ、そういえばそれは思いつかなかったと
一つだけを残して残りの封筒を紙の資源ごみ入れに入れた。

「それも捨てちまえばいーだろうが」

テーブルの上に広げたその中身をあたしの背中越しに覗き込む。
それはよくあるアンケートだった。

この手のものに手をつけるたびに、気が滅入ってくるのはなぜだろうか。
往々にして選択肢の中にあたしに当てはまるものが見つからなかったりする
例えば「既婚/未婚」だって、どっちに丸をつければいいのか。
国勢調査などではご丁寧に「事実婚を含む」と書いてあるのだけど
ここには何も書かれてなかった。
気がつけばあたしは『独身』と『人妻』の間で宙ぶらりん。
職業だって何て書けばいいのか。
専業主婦?『冴羽商事』従業員?(役員に出世したかもしれないけど)
それとも、スイーパーのアシスタント?
年収も、一応これでも納税の義務は果たしている
でもその出所は決して申告できない収入なのだ。

おかげで最初の3問、本題に入る前ですでに立往生だ。
結局、あたしもまた「いるはずのない人間」なのだ、撩のように。
世間はあたしのような存在を想定していない
あたしたちを無視したところでこの世の中は回っているのだ。

「んなのやめちまえよ」

机に向かって苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべているあたしから
撩は目の前のアンケート用紙を取り上げると
音を立てて真っ二つに、びりびりと破り捨てた。

「どうせお前の答えがアンケートの結果なんて左右するわけないんだ」

そう、あたしの答えなんて云わばノイズ
または右肩上がりの分布図の中でぽつんと上に行ったり下に行ったりする
気まぐれな小さな点。その点が有っても無くても
右肩上がりという結果は変わらない。
でも、人間は小さな点なんかじゃない
一人ひとり違う名前、違う顔を持っている。
そして、誰もあたしの存在を否定できない。

誰に気づかれなくたっていい
あたしはこうして生きている、この街で
あたしなりの生き方で
たとえそれが普通の生き方とは違っても。
それが掬い上げられないアンケートに何の意味があるのだろうか?

あたしは撩から真っ二つになった用紙を受け取ると
さらに二つに破り捨てて、丸めてごみ箱に捨てた。