おひとりさま上手

こう見えて、どんな相手とでも巧くやっていけるのはあたしの数少ない特技だ。
普通の同年代の女性はもちろん、歌舞伎町のキャバ嬢
二丁目のオネェさまがた、そして泣く子も黙るおヤクザさんたち
どんな席にも溶け込んで、気がつけば差しつ差されつになってしている。
でも、だからといってそれを何の苦も無くこなしているわけじゃないのだ。

例えば、アルコールの苦手な集まりだったら甘いカクテル
それ以上の下戸ばかりだったらウーロン茶
普通に飲める人たちだったら、とりあえずビール
これが大酒飲みの宴会だったら……あくまでペースに呑まれないように
テンションだけは負けないようについていけばいい、
その場の雰囲気に寄ってしまうということもあるから。
そうやって、自分の飲みたいものもしたいことも抑え込んで
ひたすら場の空気を読み続けなければならない。

でも、中にはいるのだ。どんな席であっても
「焼酎お願い、芋ね!」と言えてしまう人が。
こういう人に限って、周りに人がいないということがない
あたしのような苦労もなく、誰とでも打ち解けられるのだ。
一方で、一人でラーメン屋はおろかファストフードにも行けないという人がいる。
実は、彼らこそそういう人なのではないだろうか。

他人に合わせて自分を押し隠す苦しさを知る人なら
一人、自分の好きなものを飲む解放感を知っている。
かくいうあたしもその一人だったりする。
西口の横丁に不似合いな小洒落た、でもどこか居心地のいいこのバーは
かつて西新宿の高層ビルの夜景のきれいな高級店で
バーテンダーを務めていた女性の始めた店だ。
彼女の元職場に何度か撩に連れて行ってもらっていたことから
今の店にもオープン当初からよく来ていた。もちろん一人で。

「ずいぶんお客が増えてきたみたいじゃない」
「ええ、おかげさまで何度か雑誌の取材もあって」
「それもそうよね、それまでオジサンの天国だったこの辺で
こんな若くて、しかも美人なマスターのいる店なんて」
「もう香さんったら、そんなに若くもないですよぉ
あの店で何年修行したと思ってるんですか」

そう笑いながら打ち消すが、彼女の描いた夢は
「自分のような若い女性が気軽に一人で入れるバー」だ。
高層ビルの夜景のミエルバーともなれば恰好のデートスポットで
純粋にお酒を楽しみたいと思っても『おひとりさま』では敷居が高い
行ったところで「淋しい女」と思われて、ナンパ野郎から声をかけられるのが関の山だ。
そんなに、一人は淋しいものなのだろうか
独りは哀しいことなのだろうか。

独りの時間の愉しみ方を知っている男が、すぐ身近にいる。
一見、彼はきれいな女の人に囲まれて飲んで騒ぐのが好きそうに見えるが
ときどき一人、夜空を見上げながらグラスを傾けているときがある。
その横顔は決して淋しそうではなかった。
いつも以上に満足げで、穏やかで
その瞬間瞬間を十二分に愉しんでいるのがあたしにも見てとれた。
そんな撩みたいに独りを満喫できたら――

「じゃあご注文は、“いつもの”ですか?」

意味深にうなずくと、彼女はカウンターの奥から一本の褐色の瓶を取り出した。
ドランブイ――スコッチウイスキーに何種ものハーブを溶け込ませたもの
それをコーヒーリキュールとアマレットとともに容器に注ぐと
手つきも鮮やかにシェイクする。さすが、一流の店で修業した腕前。

カクテルの名は――オーガズム
ハリウッドの二枚目スター主演の映画で名前は聞いたことがあるかもしれないが
さすがにこれは、どんなに親しい友人の前でもオーダーできない///
でもカクテルそのものは甘くまろやかで、確かにイってしまいそうでもある。

「ふゎぁ〜〜、でもやっぱ飲みたくなっちゃうのよねぇ〜」

特に彼女の作るそれは、飲んでるそばからへなへなと腰砕けになりそうだ
決してアルコール度数は高くないにもかかわらず。

「でも、まだまだなんです」

思わずカウンターの上に脱力しそうになるあたしに
洗ったシェイカーの水気を拭きながら、彼女が言った。
その言葉に店の中を見回す。
確かに女性客が多い。でもそれはみな二人以上のグループで
純粋なおひとりさまはあたし一人だけだった。

「やっぱり先入観があるんですかねぇ、
女一人で飲みに行くのはナンパされにいくようなものだって」
「まーねぇ、勘違いオトコもいるもんね」
「――キミ、彼女に何かカクテルでも」
「そうそう、こーゆう――って」

隣に現れた存在感ありありの気配に気づかないわけがない
図体ばかり無駄にデカいのだから。
そして、あいつの言う「彼女」というのはどうやらあたしのことらしい。

「何しに来たのよ」
「ちょっとね、カウンターで一人ぽつんと淋しげに見えたからさ
こういうときは男として義理でも声をかけにゃあ」
「それが大きなお世話だっての。あたしは淋しいどころか
あんたのいぬ間を存分にお楽しみ中だったっていうのに」

そう言われているにもかかわらず、撩はぬけぬけとあたしの隣の空席に腰を下ろした。

「って撩、あんた『ねこまんま』行ってたんじゃなかったの?」
「あれからあっちこっちハシゴして、そろそろ締めにしようかなぁと」
「じゃあ冴羽さんは何にしますか?」

あたしたちの犬も食わない何とやらに彼女が割って入った。

「やっぱりバーボンですか?」
「いや――」

というと撩は、あたしの飲みさしのグラスと彼女の後ろの瓶とを交互に見比べた。

「じゃあ、ラスティ・ネイルで」

それはドランブイと、同じくスコットランド生まれのウイスキーを混ぜ合わせたもの
この二つの相性が悪いわけがない。

「いつものじゃないの?」
「隣にいるのがもっこりちゃんなら、カッコつけてそうしたろうけどな」

なんてチェシャ猫のような笑みを浮かべながら、あたしのグラスを覗き込む。
きっとこの自称『プロのナンパ師』ならカクテルの名前もお見通しだろう
それでもわずかばかりの抵抗に残りを一気に飲み干した。

仲間とわいわいやるのも楽しいし
一人でじっくり好きなお酒に向き合うのも悪くない。
だけど、一番なのは――こうして一人でいるのと同じくらい
気の置けない相手と一緒にいられること。

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