ほのぼの

1991.12/ポルボロン、ポルボロン、ポルボロン

紅茶を浸したマドレーヌを一切れ口にするだけで 過去の出来事が鮮やかに脳裏に蘇るなんてのは 小説の中だけの話だと思っていた。「へぇ、沖縄のお菓子?」 「Yeah、美味しいから食べてみてよ」そうミックはカウンターに箱を差し出した。 中にはギザギザとし…

定点観測

「じゃあ、そろそろ記念撮影するか」と撩が言えば宴はお開きの合図。「おいおい、それで撮るのかよ」奴が構えたのは携帯電話で、「だったらこれ使え」そう言って俺が手渡したデジカメは 四角くコンパクトなお手軽タイプ。 だったら最近の携帯と 機能としては…

【61/hundred】けふここのへに

いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかなこっちにきてからずっと、何で日本人は たかだか1種類の花の開花にこうも 一喜一憂するのかが理解できなかった。 この国を象徴する花だとはいえ 予想日を立てて、咲いたかどうかを役人が確認し それ…

Delivery Boy, Delivery Girl

炊飯器が炊き上がりを告げる音でふっと我に返った。事の発端は今日の昼間、Cat'sでのやりとり 美樹さんに少し元気が無かったのが気になった。 聞けば、最近お店に通い始めたマダムの 不躾な一言がきっかけだったとのこと。「帝王切開だと母性が足りないなん…

究極のトースター

新宿駅東口の伝言板まで依頼が無いか見に行くのは ママの仕事でもありパパの仕事でもあり あたしの仕事でもあったり、要は 「見に行ける人が見に行く」ということなのだが その日たまたま見に行った帰り、 駅前の某大型家電量販店から 荷物を小脇に抱えて出…

1994.11/プレママとプレパパと果物と

ピンポーン 「はーい」 《カエル急便でーす》インターホンに呼び出されるままにほいほいと 玄関先に向かうあいつの危機感の無さに 溜息をつきたくなるのはいつものこと。 わざわざ制服を着て襲いに来る奴もいるというのに。 もっとも、玄関といってもエレベ…

1989.12/Goodbye, Humpback

「はい、one two, one two!」軽快なビートに負けじと手拍子が響く。 そのリズムに合わせて美男美女たちが 肩で風を切るように歩き、ポーズを決めると 颯爽とターンを決め、歩き去っていく。 その容貌もさることながら、姿勢の美しさ 舞台上を歩く一連の動き…

細腕&太腕繁盛記vol. 3 Parfait

パフェグラスにコーンフレークと アイスクリームを交互に盛りつける。 1すくい目をバニラ、2すくい目をチョコレートの アイスと味を変えるのがうちのこだわりだ。 中身がグラスの縁に届きそうになったら、これからが勝負だ。 大きく深呼吸をすると、傍らの…

Fighting Spirit

「物足りん」とロックグラスのストレートを一息にあおるなり 彼はそう言い放った。そのグラスに さっきまでたっぷりと注がれていたのは 琥珀色の、ではなく透明な液体。 でもそれは、最近ではさほど珍しいことではなかった。ファルコンの愛飲する銘柄といえ…

1992.6/Romantic Grey

あれから随分経った。 ユニオン・テオーペの残党の中で最大勢力を誇った シンセミーリャを壊滅に追い込み、記憶を失い ユニオンを経てそこの幹部に納まっていた フェルナンド・ミナミこと槇村も記憶を取り戻し 冴子と7年越しの縒りを戻したのだが 世の中そ…

30 years after, She is....

ナースステーションでのミーティングで 看護師長が口を開くことはほとんどない。 いつもは「それじゃ皆さん、今日も安全に気を付けて」と 毎日変わることのないお題目の後に解散となる。 ただ、今日は違った。「じゃあ最後に、最近気になった点をちょっと」…

つばめのおやど

「あっ」表通りから一本入った、サエバアパートの非常階段が 面する狭い路地を、文字どおり燕尾服のような 尾羽を翻して、初夏を告げる鳥が颯爽と通り抜けた。 だがそれは、あたしにとってはそんな爽やかなだけの 光景ではなくて――「あーあ」後を追えば行き…

細腕&太腕繁盛記vol. 2 ナポリタン

「えーっ、無いのー!?」と香が素っ頓狂な声を上げた。 近所、というほどではないが俺たちの行動範囲内に この店が出来て(数年前までは美人姉妹が 切り盛りしていたらしい。そのときに行けばよかった;泣) 今ではこうして顔を出してはタコ坊主のマスター姿…

世界への第一歩

「冴羽商事はアフターサービスが売り」と言ったのは 取締役社長の方だが、依頼人のお見送りまでが 我が社の業務内容といっても過言ではない。 だから今まで依頼人の数多くの背中を見送ってきた ある人は駅で、ある人ははるばる空港まで そして、案外見落とさ…

blind faith

ちょっと学校でいろいろあった。 でもそれは毎度のように、ひかりのヴァイタリティ溢れるお節介と それを背後からクールに突っ込む秀弥の鋭い洞察で見事解決。 これがオレたち生徒会の日常業務みたいなものだけど こんなことが続くと少々考えずにはいられな…

KNOCK KNOCK CATS

それは普段の、何てことのない外出でのことだった。「あらファルコン、いいわよ あたしが運転してくから」 「いや、かまわん」 「でも目が――」 「慣れた道だ。多少見えなくても判る」 「……はいはい、判ったわ あたしにはランクルのハンドルは触らせないのよ…

友を選ばば……

「りょう、おい撩」誰だ、こっちは気持ちよくお休み中だというのに こうして肩を揺さぶる手が美人の 白魚のようなそれならまだしも、少々華奢とはいえ 感触は明らかに男ものだ、見なくても判る。 そしてその声も、鈴を転がすようなソプラノではなく 陰気なバ…

keep on Changes

レコード屋の店先には「全米チャートNo.1」との触れ込みとともに 真っ黒な星がひときわ大きく貼り出されていた、まるで喪章のように。 ――死せるスター、生けるファンを走らす、か。 いや、敗走させられたのはそんじょそこらの ぽっと出の自称スターかもしれ…

細腕&太腕繁盛記vol. 1 サイフォン

丸底のフラスコに、先の細くなったホーローのポットから お湯を注ぐ。その前に、ガラス容器を丁寧に布巾で拭って 水滴を取り去っておくのは忘れない。 アームに容器を掛け、その下にアルコールランプを置く。 そこに火を点けるのにマッチを擦る一手間が何と…

1989.11/Scar of Honor

温泉に行きたいとしつこく言っていたら 瓢箪から駒ということもあるもので、 珍しく撩が「連れてってやる」なんて言うものだから 1泊分の荷物をボストンバッグに詰めて いそいそとクーパーに乗り込んだものの、 止まった先はアパートから数分と離れていない…

1993.8/Can't wait for the Summer

カレンダーじゃ真夏のはずが、涼しい日が続き 雨降りも珍しくない今日この頃。 おかげで未だにホットコーヒーも 店の売り上げの中で結構な割合を占めている。 今日は幸いにも雨こそ降っていないものの 曇り空は相変わらずで、少々肌寒いくらいだ。 これじゃ…

1995.7.7/Milky Way

「たっだいまぁ、と」夕刻、日頃の「お出かけ」から帰ってきても まだこの時期は部屋の電灯を点けるまでもない。 だが、暮れなずむリビングで香がぼぉっとした表情で ソファに座っていたら一瞬ぎょっとするはずだ。「ど、どぉしたんだよ、おまぁ」 「あ、り…

キューバ・リブレ

ニュースを見ながら香が発した問いに 俺は我が耳を疑った。「ねぇ、キューバとアメリカって 仲悪かったんだっけ?」たまには二人で晩酌を傾け合いながら ぼんやりとテレビを見ていたときのこと。「っておまぁ、何年俺の相棒やってるんだ? キューバ危機ぐら…

human first

撩ではなくあたしご指名の仕事ということで 喜び勇んで出かけたものの、要は便利屋代わりというか いわゆる「偽装恋人」の依頼だった。 もっとも、「何でもやります」と銘打って ビラをまいていたのはあたしなのだから 報酬も入ったし、願ったり叶ったりなの…

1985.6.1/夏のはじめ

季節というものは、三寒四温というように 少しずつグラデーションで変わっていくものだと思っていた。 でも、本当はそうではないみたいだ。 寒い日が続いていたと思ったら、ある日突然 ぽかぽか陽気になって冬が終わり うららかな陽気も、いきなりカーッと暑…

Every Jill has her Jack somewhere

「葉山先輩、婚約されたんですって」 「まぁ、それでお相手は?」今どき書き言葉でしかお目に掛かれない純然たる『女言葉』を このキャンパスでは未だに耳にすることができる。 いわゆる「さようなら」が「ごきげんよう」の世界なのだ。 あたしはというと、…

最悪のホワイトデー

「――ようやく明けたか」外はまだ太陽こそ昇っていないものの 群青の空がしらじらと明るくなり始めていた。 傍らに眠るのは我が相棒、日付は3/15 といってもここはクーパーの運転席と助手席で 俺たちは暖房もつけられない車内でがっつり完全防備だ。 世のバカ…

眠らない街が眠る夜

歌舞伎町の裏通りは、八甲田山と化していた。「……ウソだろ?」と思わず呟いたとしても、それは紛れもない現実だった。 表の車が行き交う道ならタイヤが絶えず除雪してくれるが そうはいかない所だと、うず高く積もった雪を 踏み分けて行かなければならない、…

1992.11.9/ツキガ キレイデスネ

すっかりこんな時間になっちまった。 ある統計によれば満月の夜は凶悪犯罪が他より多いとのこと。 「男は狼なのよ」という古い歌はあながち嘘でもなかったようだが 今夜ばかりは「女は狼なのよ♪」だったようだ。まぁ、俺たちが依頼を受けてマークしていた女…

【4/hundred】ふじのたかねに

田子の浦に うちいでて見れば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ初めてそれを目にしたのは、海の上からだった。「おーい、フジヤマだぞー」そう騒ぎ立てる船員にいきなり叩き起こされた。 密航者とはいえ船長以下みな承知のことだったので 船の中では自由に…