【R15】家族になろうよ

あいつがもともと女らしい方ではないということは
俺自身、嫌というほどよく理解しているつもりだ。
二度目に逢ったときは最初は男と間違えるほどだったし
それ以降もしばらく一人称は「オレ」だったくらいだ。
だからそういうことは端から期待しちゃいないさ。
ただ、あの頃とは違って俺に女扱い=もっこりの対象になっているにもかかわらず
未だにこんな具合なのはさすがに如何なものか――

今日のサッカー代表戦はアウェーなので深夜のゲームだ。
試合が終わって、勝っても余韻を楽しんだ後すぐにベッドに入れるように
(その後すぐ眠れるというわけではないが)
香はすでに入浴済みで、寝間着代わりの色気の無いフリースの上下に着替えていた。
手には風呂上がりの一杯ついでのビール系飲料
これをテレビ中継と柿ピーをつまみに楽しもうという肚積もりらしい。
俺のためには手の込んだつまみを何品も作ってくれるのに
自分のためとなるとこれくらいの手抜きは平気なようだ。
こっちとしてもホイッスルが鳴るまでもっこりはお預けなので
あいつの隣に座って一緒に観戦することにした。

――にしても、テレビを見ているよりも
横のあいつを眺めている方が飽きないのは何でだろうか。
思わず実況したくなる。
香はというと『観戦』というより『応援』というか
むしろピッチサイドの監督のようにやたらと指示を出したり
チャンスを逃したときは本気で天井を仰いだ。
ゲームが白熱の色を帯びるにつれて、香のテンションも
深夜にかかわらずヒートアップしてきた。
ま、近所迷惑になるような他の住人もいないアパートだが。

そして、決定的なチャンス――だったのだが
絶妙なラストパスに味方の足は一本も出ることはなく
ボールは空しくピッチを転がり、敵キーパーの腕の中に納まった。

んのヴァカっ!誰かゴール前詰めろって言ってんだろ!!

思わず耳を疑った。
あいつはこういうとき、興奮するとかつての「オレ」が顔を覗かせてしまうのだ。
そんなとき、間違っても「おまぁ、女捨ててねぇか?」などと言ってはいけない
レッドカード確実なボディチェックをくらうのがオチだ
今の俺のように。

「――いててて」

ようやくゲームが中盤でパスを回しあう展開になると
――こんなことしてても勝てるわけがない、ゴールに入れてなんぼだ――
香の興奮も少しは収まってきたようだ。

「やっぱり……女の人ってミステリアスなくらいが色っぽいのかな?」

俺が少々面食らったのはあいつの神妙な口調のせいだけではなかった。

「なんだよ、藪から棒に」
「ほら、恋愛のテクニックにもあるじゃない
あえて秘密を作っておいて、それを知りたいと思わせれば
その分男心を引きつけておけるっていう」
「まぁ、小手先の駆け引きではあるがな」
「でも、あたしはムリだな――やっぱり好きな人の前で演技したくないし
それに、本当のあたしを知ってほしいと思うもの」

あいつにとっての「本当のあたし」――それがさっきのアレというわけか。

「でもなぁ、あんまり本性曝け出して幻滅させるのもどうかと思うぞ」
「なんで」
「女として見られなくなっちまう」
「じゃあ何になっちゃうわけ?」
「それはまぁ、ただの同居人とか、家族とか」
「――それでいいじゃない」

香の口調は「売り言葉に買い言葉」というものではなかった。

確かに、俺たちは男と女である以前からただの同居人であり家族だった。
たった一人の兄を失った香がその代わりを求めようとしたのは当然の感情だし
俺もまた、ずっと探し続けていたのは愛と欲望を分かち合える存在ではなく
何気ない、だが穏やかな毎日を共に過ごせる――家族。

「あたしにそーゆーの求めてるんだったら
どうぞ外で探してください」
「おまぁなぁ、自分で言ってて虚しくないか?」
「いーの、あたしだってひん剥いたら女なんだから」

そう、こいつの女らしさの欠片も無い外見の奥には
極上の肢体が潜んでいるのだ、
お色気ムンムンのそんじょそこらの女なんざ
ハダカで逃げ出すような甘い蜜を湛えた躰が。
それを知っている以上、あいつがどれだけ女らしくなかろうと
もう他の女には欲情できなくなる。

「あぁっ!ったく」

緩慢な試合運びが一変、パスを相手にカットされてあっという間のカウンターだ。
香も思わず手に力が入ったのか、飲みさしのビール(系飲料)缶を握りつぶした。
まだ少し残った中身が泡となって、あいつの髪に顔に降り注ぐ
――何でそんな光景にもっこりが反応しちまったのか。

「ったく、もったいねぇな」

香の顔にかかった安物の偽物を舐めとる。

「やっ、やめてよ――ひゃっ」

あいつの悲鳴がだんだんと可愛いものになっていく
――悪ぃ、ホイッスルは待てそうにねぇや。