想い想われ 振り振られ

自慢じゃないが、肌はきれいな方だ。
以前、デパートの美容部員さんにそう言われたから間違いない。
余計なものを塗っていないのが良いそうなのだけれど
普段すっぴんで通しているのは地肌に自信があるからというと
決してそういうわけでもない。
相棒兼師匠兼上司に「ちゃらちゃらした格好をするな」と言われているから
あえて着飾ったりしないだけだし、あたし自身そういうのは好きじゃない。
だから他人の目を気にせず素肌をさらしているわけだ。
ある人に言わせればそれは素っ裸で歩いているのと同じなのだそうだが
化粧しなければ外に出られないというのはどんな可哀そうな素顔なのだか。
そこまでして隠したい欠点がないというだけでも、肌がきれいな方なのだろう。

お肌の曲がり角を曲がってしまったけれど
しわとか張りが減ってきたとかそういうことは感じたことはない。
ただ、色が白いせいか昔からそばかすが目立つので
これが染みにならないように気をつけないと。
あとは……特に悩みはない。ときどき顔を出す“アレ”以外は。

「リョオっ!」

太陽も高くなってから起きてきた同居人に向かって
ヤツが朝食兼昼食のテーブルに就くなり突進した。

「もうっ、あんたのせいだからね!」

いったいどうしてくれんのよ!というのは
限りなく言いがかりに近いというのはあたしでもよく判っている。
でも、この憤懣やるかたなさは撩にぶつけるしかなかったのだ。

「んー、何がぁ?」

起き抜けの目にはあたしの憤りの原因は見えなかったのだろうか
そんなことはない、1km先のスコープの反射すら見抜く千里眼なのだから。
ヤツの眼力を信じて、あたしは顔をぬっと近づけた。

「あー、この想われニキビか?」

そうなのだ。もともとどちらかといえば脂性だから
10代の頃は人知れずニキビに悩まされていた。
「よく顔を洗って清潔にしておけよ、
あ、でも洗い過ぎは良くないぞ」
というのは、やはり学生の頃同じ悩みを抱えていたであろう
アニキの有難いアドバイスだった。
もはやニキビ面の青春は遠く過ぎ去り
前を見れば30の大台がさしかかるころになっても
ときどきそれはあたしを悩ませていた。

原因は自分でもよく判っている。
それは人によってさまざまだけれど
あたしの場合はもっぱら睡眠不足だった。
仕事などで徹夜が続くとそれはひょっこり顔を出した。
そしてケリがついてようやくぐっすり眠れるようになると
いつの間にか姿を消していたのだ。

「でも、もうその齢だったら
ニキビっていうより吹き出物だな、香ちゃん」
「あ、こら潰すな汚い手で触るな!」

でも今の睡眠不足はあたし一人のせいではなかった。
諸悪の根源は――顎にできた炎症を弄ろうとする、目の前のこの男。
こいつの底なしに付き合っていれば寝不足にもなる
遠く1階で朝刊のバイクが来るのが聞こえるのだから。
その分昼近くまで寝ている撩とは違って
あたしはちゃんと朝起きていろいろやらなければならないのだ。
ゴミだって寝坊したら収集車に間に合わないのだから。

「そっかぁ、そんなに香ちゃんたら
愛されすぎちゃって困ってるわけね」
「そうよ、おかげでいい迷惑してるんだから」

と、ヤツはまるで他人事だ。
自分のせいだとどれだけ自覚しているのやら。
それにしても――『想われニキビ』というのはやけにぴったりだ
ヤツの言うとおり、撩に愛されすぎて、求められすぎて
その結果がそれなのだから。

想い想われ、振り振られ――
十字を切るようにニキビの位置を意味づける恋占いは
この国の(元)女の子の一人としてもちろん知ってはいる。

「もう、食べたらちゃんと片づけてよね」

と言い残すと、あたしは洗面所へと消えた。
鏡の前で、前髪を両手で掻き上げる
そこには、顎にあるものよりは小さいものも
数としてはかなり多いニキビが、生え際近くに散らばっていた。
額は前髪で覆われてしまうので、ニキビができやすい
それは医学的な事実なんだけれど――

「これって、撩があたしを好きなの以上に
あたしの方が撩のことを好きってことよね?」

ニキビの神様のご託宣を信じるとするならば
そういうことになるだろう。
でもそれは、自分の想いの強さの証明になる一方で
撩はそんなあたしの想いにそれほど報いてくれていないということ。
はたしてそれは喜ぶべきか、哀しむべきか……

それよりはこれを治す方が先決と
対象治療に過ぎないと判っていても
あたしは軟膏を指に取ると、まずは額に塗りたくった。