共通点ひとつ

「わー、ありがとう♪」

私室で美術書を鑑賞しているうちに、どうやら寝入ってしまったらしい。
階下から聞こえる同居人の嬉しそうな声に目が覚めた。

「かおりぃ、勝手に知らないやつ上げてんじゃねぇだろうな」
「知らない人じゃないわよ、ミックだもの」

それが見ず知らずの他人よりよっぽど危ないっつーの。

「おかまいなく、すぐに退散するから。
ほら、行くわよミック」
「See you, Kaori. じゃあ、土産話は後で(^^;)」

どうやらこの危険人物には然るべき監視人がついていたらしい。
半ば引きずられるようにして悪友はリビングを後にする。
残されたのは俺たちと3人分のアイスコーヒーと
キャラクター柄の缶に入ったクッキーと
巨大なクマのぬいぐるみだった。

「どうしたんだよ、それ」

見れば、缶に描かれたそれも黄色い身体に赤いTシャツ一丁の
世界一有名なクマ(のぬいぐるみ)だった。
香の話によれば、ちょうど某ネズミの国では
このクマが主役のショーの真っ最中らしい。

「だから?」
「そう、貰ったの♪」

と相棒はすっかり満面の笑みだ。

だからといって香は、この権利関係のやたらとうるさい
ネズミとその仲間たちがお気に入りというほどではない。
好きなやつは身の回りの品はおろか、一部屋丸ごと
そのキャラクターグッズでまとめたりするものだが
あいつの身辺で見かけたものは、おおかた貰った土産物か
ときどき保険屋が配るキャラ入りの団扇くらいなものだ。
もっとも、こうして貰った土産の菓子の空き缶が
小物入れとしてアパートのあちこちに見受けられるが
それだって、ただ単に可愛い空き容器くらいなものだろう。

だが一方で、ああ見えて(と言ってしまえばハンマーが飛ぶが)
香はぬいぐるみの類が意外と好きだ。
あいつの部屋のベッドサイドにはコレクションが
うず高く積まれている。そのいくつかは
俺がクレーンゲームで稼いだものだ。
だからあいつの趣味はだいたい判っているつもりだ。
こういう万人受けする可愛らしいものは
どちらかというと好みではないはず。
むしろ、わりと捻りのあるファンシーさというのだろうか。
その辺はあの『撩ちゃん人形』を見れば判るはずだ。
ずいぶんとサンドバッグにしてくれているみたいだが……。

その仲間に、ヤツの選んだこのクマが加わるのが
何となく気に喰わない。

「それにしても堕ちたもんだな、ヤツも。
アメリカNo. 1スイーパーがカノジョとネズミーランドかよ」
「取材先がスポンサーだったからチケット貰ったみたいよ」

なんだ、そんなとこか。
俺達も一度行ったことがあったが、それだって似たような事情だ。
そういやかずえくんだって、とりたててそういうのが好きという話も
聞いたことはなかったし。

「――あ、そういえばかずえくんといえば……」

あ、何よリョウ、続きを言いなさいよと詰め寄られても
こんな面白いこと他にバラしてたまるか。
あー、だからミックのやつ、恋人孝行する羽目になったのか。
にしても、

「おい、香」
「ん?」
「いつまでそれにしがみついている気か?」

すでにソファに座っているというのに
あいつは膝の上にその巨大なクマを抱えたままだった。

「うーん、なんとなく手放しづらくってね」

とだけ言うと、起き抜けの俺のアイスコーヒーすら後回しで
この赤いTシャツのクマといつまでも嬉しそうに抱き合っていた。