朝寝坊の理由

「くぉらー、リョオー、起きろーっ!」

と怒鳴られるのは何度目だろうか。
通算ではない。今日一日で、だ。
二度寝三度寝を繰り返しているうちにもうこんな時間
今から食えば朝飯ではなく昼飯になりそうだ。

「だいたい昨夜だって帰ってきたの
いったい何時か判ってるの?」

昨夜は待ちくたびれてリビングで眠り込んでいた同居人が問いただす。
結局いつものように俺があいつの部屋のベッドまで運んでやったのだが
それにしては毎日お早いお目覚めで。

「こう毎晩暑いとシーツも汗でぐっしょりでしょ。
だからこまめに洗わないと」

そう言うと最後の強硬手段とばかりに俺が上に寝ているにもかかわらず
シーツをマットレスから外して無理やり引っ張りにかかる。
早く洗濯しないと乾かないでしょ、と言いながらも
この炎天下ではあっという間に乾いてしまうのでは。

「おまぁのはいいのかよ」

香の勢いに、あらわになったマットレスの片隅に追いやられた俺は
ダブルのシーツを両手いっぱいに抱えた香の背中にそう投げかけた。

「もうとっくに洗っちゃったわよ」

表情までは目に見えずとも、お冠なのは口調だけでよく判った。
あいつが早起きなのは当然のこと
朝からしなければならないことは山のようにある。
朝食の準備に洗濯、こまめな掃除
(依頼が入れば後回しになってしまうから)
週に何度かはゴミ出しにも行かねばならない。
だが俺は――

起きてもやることといえば、外でナンパか家でエロ本鑑賞か
そのいずれかも、しなければならないことではない。
早い話が、暇つぶし。ただ日が暮れるのを待つだけの。
夜になればなったで今度は楽しいハシゴ酒。
それだって、無為に時間を浪費しているだけなのかもしれない
ただ死が訪れるそのときまで。
だとしたら、惰眠を貪っているのとさして変わりはない。
どうせ依頼があったとしても、ボディーガードならまだマシだが
相棒にも言えない裏の仕事であれば、無ければどれほどいいことか。

「だいたいねぇ、どうしてそう暢気に寝てられるんだか
その神経が判らないわ」

シャワーで寝汗を流してから朝食兼昼食にありつこうという俺に
香は食事を並べながら辛辣な眼を向ける。

「あんたがこうしてぐーすか寝ている間にも
どこかで誰かが夜も眠れないくらい
心細い思いをしてるかもしれないじゃない」

おーおー、ずいぶんと想像力が逞しいこと。
でも、そういった不安をぶつける先が新宿駅東口の伝言板なのだ。

「で、いたのかよ」
「えっ?」
「そういう心細い思いをしてるもっこりちゃんは」
「い、いなかったけど……でも、まだ
依頼しようかするまいか迷ってるかもしれないじゃないっ」

そうは言い張るものの、そんなもっこりちゃんもいないに越したことはない。
そもそも、あいつは否定しようとするかもしれないが
依頼が無いというのは平和なこと、
誰ももう後がないほどに追い詰められていないということだ。
ならば、もう少し眠らせてくれ――誰かの叫びが耳に届くまで。