Morning Ice Coffee

カフェイン中毒の我らが冴羽商事従業員は夏場とて例外ではない。
ただ、暑いなか熱いコーヒーというのはさすがに堪える。
まして節約&省エネでできるだけ冷房カット&
つけても設定温度28℃厳守であればなおさら。
そのため、この時期だけのルーティンというのもあるわけで。

「かおりぃー」

階上から声が聞こえる、まるでご飯を待ちきれない子供のように。
それもそのはず、これから冴羽撩・本日4度目の
――朝は昼食兼用だから3度目か――そして『正餐』ともいえる
お食事タイムなのだから。
その点については『ご馳走』たるあたしも異論はない。
そのつもりの覚悟はとっくに出来ているし、これがすでに日常の一部だ
それに、こっちもただ一方的に食べ散らかされるわけではないのだし――
と、それ以上は脱線になってしまうので差し控えるけれども
骨までしゃぶり尽くされて食い尽くされる前にやることがあるのだ。
炊飯器のセットよし、洗濯機の予約よし、あと――そうそう、あれあれ。

「かーおーりちゃん」
「ひゃあっ!」

ったく、いつのまに下に降りてたのよ!
一瞬、怪奇現象かと思ったじゃない。
気配を消すのは敵さん相手だけにしてほしいわ。

「ねぇ、リョウちゃん待ちくたびれちゃったんだけどぉ」

と台所に立つあたしに後ろからまとわりつく。
甘ったれた口調といい、完全に子供だ。
だが身長190cmオーバーの『子供』だから邪魔くさくて始末に困る。
こういうときはあくまであいつの『おかん』に徹さないといけない。
くそー、その代わりに今度思いきり甘えてやるぅ。

「邪魔しないで、今コーヒー作らないといけないから」

それ以外の時期ではそのたびに一日何度もコーヒーを淹れるけれど
夏場はいつもアイスコーヒーを作り置きしている。
熱いコーヒーを氷で急速冷却するのも手間がかかるし
スーパーでお手頃なアイスコーヒーも売っているけれど
その間、せっかく買っておいた豆をダメにしてしまうのも勿体ない。
アイス用にはそれに適した焙煎具合というのがあるらしいのだけど
うちの場合、苦いの好きな撩のために深煎りにしてもらっているので
そのままアイスにしていいとの美樹さんのお墨付きだ。

いつものようにミルを持ち出してごりごりと挽いていく。
ただし、よくある麦茶用密閉容器1杯分なので
カップ2杯分とは違って結構な量になってしまう。
その間も後ろの大きい子供はべたべたと引っ付いてくる。
力仕事なのだから手伝ってくれてもいいくらいだ
そうすればより早く『ご馳走』にありつけるのだから。

そして取り出しましたるは、やはり麦茶用のパック
その中に挽いた豆を入れるのだ。
それを密閉容器の水の中に放り込んで
一晩冷蔵庫の中でそのままにしておけばいいのだけど――
そんな単純な作業すら思いどおりにいかないのは
おなかを空かせた悪ガキがいたずらを仕掛けてくるから。
いや、いたずらというほど可愛いものじゃない。

顕わになったうなじを舐め上げ、パジャマ代わりのキャミソールの
胸元に手を突っ込んで――と責め立てられてしまったら
それもあたしの気持ちいところを知り尽くした撩に、
腰砕けになってしまってもう水出しコーヒーどころではない。
それどころか、あたし自身も快楽に流されそうになって
そんなことはどうだってよくて、早くベッドで
撩に愛されたい、いっそこのままここで――とすら思ってしまう。

でも、なけなしの理性でお子様の皮をかぶった獣の
鳩尾にエルボーを喰らわせると
同じ雌の獣と化した自分を叱りつけるように撩に言い放った。

「ねぇ、水出しコーヒーって時間がかかるの。
だいたい8時間くらい冷蔵庫で放っておかないといけないの
判る?
撩だって、毎朝起きてきてまず冷蔵庫開けて
アイスコーヒー出して飲むでしょ?
そのためには今やっておかないといけないの。
あんただって飲みたいでしょ?朝一のコーヒー」

すると、しぶしぶといたずらな手が後ろに引っ込んでいった。
そのしょげ方がまるで叱られた子供のようだったので
後ろに手を伸ばすと、撩の顔を引き寄せて
キリンみたいに首を伸ばして軽くキスをする
いい子で待ってるのよと。

さぁ、後は冷蔵庫の中で寝かせてやればいい
あたしたちが熱い夜を過ごしている間。
当然冷房など聞いていないキッチンでだいぶ手間取ってしまったので
少々汗じみてしまったようだ。それはヤツも同じようで
すでに大人しく上へと引き下がってしまったが
まだどこか撩の匂いが漂っているかのようだ。
寝室には一応、弱く冷房が入っている。
でも結局お互いの汗が混じり合って
シーツもぐっしょりと濡れてしまうのだろう、
毎夜のことだけれど。
きっと、翌朝のよく冷えたコーヒーが喉に心地いいはずだ。

本音を言えばあいつがベッドまで運んできてくれて
一緒に飲めれば一番いいんだけど、そんな贅沢は言うまい。
ただ、あの寝坊助の目覚めがいつものように
気持ちのいいものでありますように。