gynandromorph

うちのおひぃさまは「虫愛づる姫君」であらせられるようで
夏になると近くの街路樹や小さな公園
さらにはちょっとした遠出になるが虫の宝庫である
戸山公園まで、網を片手に幼馴染みどもと駆け回る毎日だ。
もちろん、教授の屋敷は言わずもがな。
昨年なんて海坊主のやつが、そこの庭木の一つに
大がかりな虫用トラップを仕掛けやがって
子供たちの称賛を浴びていたっけ。
いや、羨ましいとかそういうんじゃないんだが。

そんなわけで、セミの抜け殻コレクターと化すのは年中行事
生きている虫もアパートに連れて帰るわけで
夏休みの時期にはリビングには毎年虫かごが飾られたままだ。
小学生の頃は、その角の格好よさから(もっこりにも通じるしな、うんうん)
カブトムシ派だったようなのだが、その寿命の短さゆえに
最近ではクワガタ派に転向したらしい。
当然、自分で捕まえてきたものであり
デパートで買ってくる手合いは「お金のムダ」だそうだ。

そんな中、あるときひかりが一匹のクワガタムシを捕獲してきた。

「ねぇねぇ、これなんだけど」

と言われても、俺にはヘラクレスオオカブトとか
ナンベイオオシロシタバとかしか判らないが。

「これ、頭はオスなんだけど身体がメスなんだよ」

まぁ確かに、頭には立派な鍬形が付いているのだけど
よく首(ってのが虫にあるのか判らんが)から下が
もっこりちゃんだってのが判ったなと思ったら、

「ほら、前足が丸っこくなってるでしょ。
鴻人がさ、これはメスの手だって」

確かにタコのとこのガキは小さいときから父親に野山に連れて行かれて
そういうことにも詳しいだろうが、あいつの受け売りというのが気にくわない。

「ねぇ、これってやっぱり環境破壊とか?」

と娘が心配そうに眉をしかめるので、少々子供っぽいかと思ったが
くしゃりと髪を掻き撫でた。

「虫にはこういうのがたまーに出てくるんだ。
例えば左右で柄の違う蝶とか」

蝶の多くはオスとメスで色柄が違うから
左右それぞれがメスとオスに別れると
まるで二羽の蝶を半分にして
真ん中で繋ぎ合わせたかのような個体が現れる。

「ほら、人間だっているだろ。二丁目あたり」

と言って聞かせるとひかりはやけに納得していたが
もっと身近にいい例がいるだろうが――お前の母親が。

まぁ確かに、あいつの身体は純然たる紛うことなき女のそれだ。
それは何より俺がよく知っているし、ひかりの存在がその証明でもある。
だが頭――というか、心はどうかというと
きっとその中に間違いなく男のあいつが――「カオル」がいる。
「彼」はいつも俺を尊敬と羨望の交じった眼差しで見つめている
その背中を必死で追いかけ、追いつこうと走り続けている。
半人前扱いに噛みつき、常にふさわしい相棒たらんと努力を怠らない。
そして、「彼」が俺を信じるように、俺に信頼されたいと望み続けている。

そんなあいつを「女」として見ようものなら、すかさずハンマーが飛んでくる。
俺も男と女の仲になったばかりは、あいつに「女」を求めすぎていたのかもしれない。
でも今なら言える、「かおり」も「カオル」もひっくるめて「槇村香」なのだと。
最近じゃ仕事のときなんか、あいつが女だって忘れているくらいだし。

「じゃあこれ、オスなの?メスなの?」

そのケを大いに受け継いだ感のある娘は、それでもあくまで
文字どおり「雌雄」をはっきりさせたいようだ。

「うーん、下半身がメスならメスなんじゃねぇの?」

俺もはっきりしたことは言えないが、一般的な感覚ではそうだろう。
一瞬、その人間ヴァージョンを想像してブルっと来たが
香だって昔は大いに男に間違えられていたもんな、うん。

俺の予想どおり、そのオナベクワガタをオスと一緒の虫かごに入れたら
(4人で虫取りに行って、一番大きいのを捕ったらしい)
後で卵を産んでいた。
相変わらずボーイッシュなくせに、腹ばかりデカかった頃のあいつを思い出した。

http://mainichi.jp/select/news/20121003mog00m040011000c.html