tick of the city

「冴羽、これでお前もおしまいだ」
「あの世で後悔するんだな」

おーおー、100年前から変わり映えしないセリフ並べやがって。
確かに多勢に無勢とはいえ、これしきの連中にやられるシティーハンターではない。

「――社会のダニが」

と呟くと、耳だけは達者なようで何だと!?と揃って息巻いた。
人間のクズ、蛆虫とその手の蔑称のバリエーションは豊富だが
思わずダニという言葉が出てきてしまったのは
おそらく今朝の香とのやりとりが理由だった。

「起きろー、リョオ!」

と、文字どおり叩き起こされるのは毎度のこと。
だが今日は目覚まし代わりのフライパンではなく
掃除機を抱えて起こしに来たのだ。

「香ちゃんあと5分……」
「5分じゃないっ、ほらっ。今日は天気がいいんだから」

そう言いながら、まずは昨夜の残滓の残るシーツを剥ぎ取る。
それも毎朝のことだが、さらに香は剥き出しになったマットレスを
ぐいと傾けた。それは滑り台状になり、俺を床へと突き落す。

「ってー、何すんだよ」
「ダニ掃除するのよ。布団も毛布も干して、カバーは洗濯に出すから」

すでに窓はからからと開けられていて
秋の朝の冷たい空気が素っ裸の素肌には少々厳しい。
仕方なく昨夜脱ぎ散らかしたトランクスを探し出して
脚を通すさまの何たる格好悪さよ。

「でもなんで今日なんだ?」
「この時期は秋に増えたダニが死んで死骸が増えるの」

香は重そうにダブルの掛布団をベランダの掃出し窓のところまで抱えていく。
毛布ともども手すりに掛け終わったら、今度はマットレスに掃除機をかけ始めた。

「わざわざそこまでやらんでも……
ダニ対策なんて、留守中にバ○サン焚いときゃ大丈夫だろ」
「甘いっ!」

と鼻先に掃除機のヘッドを突きつけられた。

「ダニは死んでも死骸が出るの、糞も残るの。
そっちの方が細かいから、肺の奥まで入って
アレルギーや子供の喘息の原因になるのよ」

だからといって大袈裟という俺の感想は変わらないが
後始末が重要というのはプロとして納得のいく答えだった。
社会のダニも退治したとはいえ、そのまま放置しておくわけにはいかない
死体が残れば後々面倒なことにもなる。
だからこの街にはそれ専用の業者というのもいるほどだ。
彼らはそれを東京湾に沈めるのか、どこかの山中に埋めてしまうのかは知らないが
その痕跡をきれいさっぱり消してしまう、そこで血の惨劇があったとは判らないほどに。

――奴らを片づけることくらい造作は無かった。
すっかり戦意喪失してやがる。
こうなっては一人ずつ息の根を止めてやることも容易ではあったが
それは腹を見せて降参している犬を蹴倒すようで胸糞悪い。

「荷物まとめて大人しく新宿(ここ)から出ていくんだな」

そう、立つ鳥跡を濁さず
連中の痕跡総て消し去った上で。
ほんの僅かでもそれが残れば、また面倒のもとになる。

「ふぁ、ふぁいっ……」

怖気づいた奴らは蜘蛛の子を散らすように去っていったが、

「おいおい――」

あちこちに武器が転がったままだ。
その多くが粗雑な安物だろう。それなりにまともなものがあれば
売って小銭稼ぎにしたり、武器庫の足しにもできるものだが――

「ったく、しょうがねーな」

そう言うとコンクリの床に散らばった銃を一つずつ拾い集めた。