Marry to me!

「郵便届いてたぞ」

と言うと同居人は封筒をばさばさとリビングのテーブルの上に広げた。
そのほとんどが月末だからか電話代やカードの明細ばかりだ。
だが、彼の手には一通の白い封筒があった。
リビングのテーブルの上にも同じような封筒。

槇村は退院後、私の部屋に「居候」として転がり込んでいた。
失踪前に妹と住んでいた部屋はすでに明け渡してあり
今さら戻るところも無くの緊急避難、というのが建前だった。
もっとも、すでに私たちは結婚の約束も交わしており
式場も予約済み、あとはその日取りに合わせて籍を入れるだけ。
いくら公務員とはいえ、それくらいの婚前同居は許してほしいものだ。
実質、こうして部下から槇村宛の手紙が私の部屋に届けられているのだし。

「あら、彼結婚するの」
「ああ、そうなんだがようやく日取りが決まったのか」

彼は私が特捜課にいたときの部下であり
今は半ば入れ替わるように特捜入りした槇村の同僚でもある。
それゆえ私たち二人に式の招待状が届いたのだ。

「この日だったら今のところ予定も入ってないし
出席でいいかしら」

もっとも、所轄の署長も予定が有って無いようなもの
重大事件が起きれば署長自ら帳場に立たなければならないのだ。
歌舞伎町を預かる東新宿署となれば尚更のこと。

「ねぇ、槇村?」

もうすぐ夫になる相手だというのに少々他人行儀かと思ったが
そんな呼び方を気にするでもなく、彼は招待状を見つめ続けていた。

「どうしたのよ。あ、まさかスピーチでも頼まれたの?」
「いや、そうじゃないんだが――」

と言葉を濁すと、彼はおもむろに封筒の裏側を示した。

「知らない相手から招待状を貰ってもな」

そこに書かれた差出人は、新郎新婦の両親のもの
よくある慣習のとおりだ。
だが、確かに新郎には面識はあるけれど
その父親というのは話に聞いたか聞かないか程度だ。
花嫁の父ともなれば言わずもがな。

「なんでこういうのって親の名前で出すんだろうな。
親同士が知り合いで、子供の意志など関係なしに
勝手に結婚させるんだったらまだしも」

そう考えれば妙ではあった。
今回の結婚も、あくまで彼とその恋人が自分たちで決めたもの
そこに両家の父親が介在する余地はなかった。
少なくとも彼は地方出身で親元を離れていたのだから。
当然、式場だってそこでの演出だって若い二人が決めたはずだ。
そもそも、親同士だって一度顔を合わせたくらいだろう
それを連名で出すというのも違和感はあった。

そういえば――昨年秋の海坊主ことファルコンの結婚式を思い出した。
招待状はもちろん当人である彼と美樹さん連名のもの。
差出人になるべき親はもういないという事情もあったろうけれど
結婚はその二人がするものだから、彼ら二人の名前で出すのが当然のことだ。

「だいたい――あいつ、いくつになったっけ」
「確か三十……二になったかしら」

ふと、自分とそう齢が変わらないことに気がついた。

「三十過ぎて親の名前かよ。もういい大人なんだからさぁ」

そう言うとおもむろに私の方を見遣った。
そう言われれば、私たちは彼ら以上に「いい大人」だ
そろそろ式の招待状も出さなければならない。
それに――彼には慣例に従って差出人に名を連ねるべき
父親はもういないのだ。
そういう意味では、彼は15のときから
何でも自分の名前で執り行わなければならない「いい大人」だったのだ。

「そうね――」

何でも前例踏襲の官僚である父には良い顔はされないかもしれない。
それ以上に、私たちを取り巻く警察社会が眉をひそめるだろう。
それでも、こればかりは自分たちの名前で出さなければならないと思った。
ただ彼の父がこの世にいないからというのではなく
槇村を選んだのは私であり、私を選んだのは槇村なのだから。