冴羽商事の冬支度

「たっだいまぁ〜」

ここ数日一気に進んだ寒さにもっこりちゃんも足を止めたのか
あまりはかばかしくなかったナンパを切り上げ、アパートに戻ると
香が梱包材に梱包されていた。いや、ホントの話。
俗に言う『プチプチ』というやつだ。
その巨大なシートとリビングで格闘しているのだ。
普段目にする、割れ物などを包んでいるそれはもちろんもっと小さい。
問屋に行けばこの手の業務用サイズも売っているのだろうが
同じラッピングといっても、素っ裸に真っ赤なリボンだけで
「プレゼントはあ・た・し」と言ってくれた方が数倍嬉しい。
でもこれで包装されていてもなぁ……「壊れ物」には違いはないが。

「どうしたんだよ、これ全部つぶす気か?」

確かに香はこの『プチプチ』の気泡をつぶすのが好きだ。
包みの中に入っているのを引っ張り出しては、暇さえあれば
プチプチプチプチと飽きもせずに黙々とつぶし続ける。

「違うわよ、これ窓に貼るの」
「窓に?」
「そっ。中に入っている空気が断熱材になるのよ」

中に空気を含めば暖かい、それはニットやダウン、ファーなどと同じ理屈だ。
もっとも、俺はそれらの世話になることは滅多にないのだが。
だが、断熱建材もろくに入っていないであろうコンクリのボロアパートは
この時期からすでに底冷えは始まっていた。
しかも、バブル期特有の造りとはいえムダにだだっ広いリビングは
暖房効率などまったく計算外で、
エアコン等で部屋全体を暖めるのは最初から諦めた方がよさそうだ。
なので寒がりの香としては電気ひざ掛けや石油ストーブなど
ピンポイントの暖房で寒さをしのぎながら、毎冬のごとく
「あーあ、せめて床暖房でも入れられればいいんだけどなぁ」
と愚痴をこぼしていた。
その、せめてもの節電策がこの『プチプチ』というわけか。

「でも、こんなの貼っちまって窓閉まるのか?」
「大丈夫、張るのは枠の中のガラスの上だけだし
そんなにもこもこしないと思うから」

つまり、さっきまでのラッピングカオリンは
窓ガラスに梱包材を当てて大きさを写し取ろうとしていた結果のようだ。

「なぁ、まさかこれ、家中の窓に貼るんじゃないだろうな」
「うーん、そうしたいのはやまやまだけど
とりあえずリビングと、あと撩の部屋かな。
あたしの部屋はまだ狭い分暖房が利くから」

本当は「勉強部屋」にも貼りたいんだけどなぁ、と呟くが
あそこはここよりさらに無駄に広い分、窓の数も多い。
だからますます手間がかかるが
あまり使うところでもないからまぁいいだろう。

「よしっ、これで正面はOKっと」

見れば、ベランダに面する腰高窓はきれいにプチプチで覆われていた。
何度か試しに開け閉めをしてみたが、動きには支障がないようだ。
もっとも、無数の透明の凹凸で覆われてしまった分
窓の外の景色はまるでモザイクがかかってしまったようになってしまっているが
どうせ冬の間だけのこと、それにさほどいい眺めというわけでもない
向かいに見えるのは我が悪友の住まうアパート……

「かーおりん♪」

続いて同じリビングの腰高窓にかかろうとする香を呼び止める。
ただ名前を呼ばれる以上の言外の意味に気づいたのは
さすがは俺のパートナーというべきだろうか、
恐るおそる、本当は振り返りたくなさそうに振り返る
願わくば、この目に一生俺の姿を捉えることのないようにと祈りながら。

こんな真っ昼間、レースのカーテンすら閉じることなく
盛ってしまうことなど日常茶飯事だ。
俺だって香の白い肌を俺以外の男の目に触れさせたくはない
だが、一度火がついてしまうとそんなことすら気にしていられなくなってしまう。
でもこれなら一安心、窓全体を覆うモザイクが肝心なところを含めて
漏れなくあの金髪の出歯亀野郎から香の素肌を守ってくれるはずだ。

「なんでこうなっちゃうのよぉ!」

パートナーの苦情もそっちのけで、とりあえずは晩秋の陽光の下
日の光を浴びて透き通るような香の白い素肌を堪能することにした。