automatic wind

朝、半覚醒のまどろみの中、時計に手を伸ばすのが
いつしか習慣になっていた。
香が誕生日に贈ってくれた自動巻きの腕時計。
受け取る前に壊されてしまったデジタルに比べて
ずいぶん出世したものだ。

俺の一挙手一動足をエネルギーに変えて回り続けるそれは
オーバーホールは必要とはいえ、電池交換しなくてもすむというのが
財務担当のお眼鏡に適ったらしい。
その分、クォーツよりは狂いやすいとはいうが
貰ってかなり経つものの、カーステレオの時計ほど
目立ったズレはまだ生じていない。

ちなみに、あいつの左手には俺のくれた指輪とともに
これと同じデザインの、だが電池式で少々お手頃な時計が光る。
本人からのリクエストで、その5日後の誕生日に買わされたものだ。
俺が大っぴらに指輪をつけないのが気に障ったのかもしれないが
これならペアでもそう気づく者はいないだろう。

俺の動きをエネルギーに変えるということは
俺が動かなければこいつは回らないということだ。
なのでナンパのときも仕事のときも身につけてなければならない
これほど拘束力のあるプレゼントもそうはないだろう。
いつだったか、雨の季節に俺が外にも行かず日がなゴロゴロしていると
気がついたら時計が止まっていて驚いたことがあった。
それ以降、なるべく気にかけるようにはしている
例えば起きる際、ベッドに出る前に腕にはめたりだとか。

――まるで、俺みたいだな。

俺がいなければこの時計が止まっちまうように
香がいなければ、俺の総てが止まってしまう。
香の一挙手一動足が俺を突き動かす元となる。
あいつが涙にくれると、どうしようもない何かが俺の中を渦巻く。
あいつが微笑めば、それだけで何でもできそうな気がする。
でも、もしその香を失ってしまったら――
きっと俺はただの抜け殻になってしまうだろう
動かない時計のように。

いったいどれだけ俺はあいつに依存しているんだ。
それは否めない事実なのだからもう仕方がないのだが
ふと、自分ばかりが香を想っていることに切なくなってしまう。
見返りが欲しい、と言ってしまえば身も蓋もないが。

俺の時計が止まってしまったとき
原因は判っているはずなのに、香は少なからず慌てふためいていた。
これじゃあんたに時計を持たせた意味がないじゃないの、と。
あのときは依頼もしばらく無かったから俺も動かなかったのだが
この仕事も客商売には違いないから時間厳守は基本だ。
最近じゃすっかり、ナンパでふらふら出歩いていても
あいつとの予定が入っていれば左手を気にする癖が身についた。

この時計が止まってしまったら、多少なりとも俺が困るように
俺という時計が止まってしまったとき
香も多少なりとも迷惑してくれたら……
意地悪な期待かもしれないが、それが俺の本心だった。
そうやって寄り添い合い、支え合って生きていくのが
本当の相棒ってことなんだろう?

少し重くなった左手をつき、右手を煙草へと伸ばす。
そんなわずかな動きを糧にして時計は今日も時を刻む
俺のため、ひいては香のために。