イヴの無花果

最初に言っておくけど、わたしに恋愛相談を持ちかけても無駄だと思う。
そりゃ人並みに場数は踏んでいるつもりだけれど
自分の場合、それよりファッションの方が優先されてしまうので
一般の感覚からすればずれていると思われてしまっているだろう。
その代わり、本職にかけてはもちろん自信はあるが。

今日、親友が相談をしにきたのももちろん本職のことでだった。

「どうしたのよ、そんなお荷物ぶら下げて」
「へへっ。絵梨子を見込んで話があるんだけど」

そう言う彼女はいつものようにデニムのジャケットと
注意深く合わされた、同じくらいの色落ち具合のミニスカート
インナーのTシャツもフィット感、襟の刳りともにちょうどいいものだった。
そして、手には底が抜けそうなほどに何かが入った紙袋。

普段からこうしたシンプルな格好が多いが
香のセンスの良さはわたしも一目置いているつもりだ。
安いものしか買えないとは言いながらも
ちゃんと一つひとつこだわった上で選んでいるし
本当に質の良いものには額を惜しまないことも知っている。
むしろ、こういうベーシックなスタイルだからこそ
着る人の力量が真に試されているといえる。
その点、香はまさに及第点だった。
だが、その表情が今日はどこか自信なさげだ。

「ほら、あたしももういい齢じゃない?
だからそろそろ少しはマシな格好した方がいいかなぁって」

アトリエのソファを勧めると、紙袋をテーブルに置いて腰かけた。
その彼女にわたし自らコーヒーを淹れる。

「で、その中身は?」
「ああ、これね。絵梨子にちょっと見てもらおうと思って」

と言うと香は生真面目にも、その中身を天板の上に並べた。
それはおそらく街の書店に並んでいるであろう
女性向けのファッション誌ほぼ総てというべきラインナップだった。
――つまり、ここに載っているスタイリング総てから
わたしに選べというのか。

香が「色気づいた」理由として考えられるのは、あのことだった。
長年想いを寄せ続けてきた彼とようやく結ばれたという話は
風に乗ってわたしの耳にも届いていた。
つまりは、彼のために綺麗になりたいという女ごころか。
それなら、知らぬ間にその恋の始まりからずっと
見守ってきた親友として、一肌脱がないわけにはいかない。

だが――彼女の新しいスタイル選びは想像以上に難航した。
曰く、ちょっとこれじゃ大人びすぎてる、というか地味だ
曰く、ぶかぶかのボックスシルエットは趣味じゃない(それは私も同感だ)
曰く、こんなボディコン、あたしの柄じゃない、等々。
結局、雑誌の全ページをめくっても
香のお眼鏡に適うスタイルは見つからなかった。

日はすでに傾き、眼精疲労のわたしたちは
片やソファにひっくり返り、片やテーブルに突っ伏した。

「――ある日突然、タンスの引き出しを開けてみても
着る服が見つからなくなっちゃったの。
どれももう子供っぽすぎるような気がして」

ああ、きっとこんな気持ちだったんだろう
知恵の実を口にし、自分の裸体を恥ずかしく思ったイヴは。
香は懸命に探していたのだ、自分を覆い隠す無花果の葉を。

「でもね、自分の好きなものってずっと変わらないのよね。
男みたいな格好をしてたのだって、撩に言われたってのもあったけど
要はあたし自身がそういう服装が好きだったってこと。
だから女らしい服っていっても、どんなのを着たらいいか
どんなのを着たいのか全然判らなくって。
――もちろん、絵梨子の作ってくれたドレスやスーツは
好きだし重宝してる。でも、それを毎日は着れないもの」
「――冴羽さんに何か言われたの?」
「ううん。でも、そうした方がいいかなぁって」
「だったら、自分の好きな服を着ればいいじゃない」

明確な基準を押しつけられたわけじゃなし
何も言わない相手の好みを推し量ってばかりじゃ気疲れするだけだ。
それに、美術品のコレクターに2つのタイプ
―― 一つは自らの収集品を美術館などに寄贈し
財と審美眼を見せびらかすタイプ、もう一つは
山奥の別荘とかに温度・湿度完全管理の収蔵庫などを作って
絶対に他人の眼には触れさせず、自分一人で眺めては悦に入るタイプ
――がいるように、彼はおそらく後者の方だろう
自分の「作品」である彼女を他の男の色目には
決して晒したくないだろうから。
ならば、彼女が魅力的になりすぎるのも頭の痛いところ。

「ま、どうせ冴羽さんなら
『ひん剥いちまえば同じ』って言うでしょうね」

と言えば、未だにやはり初心な親友は耳まで顔を赤くした。

「だったら上辺よりまず下着よね。
中身を変えるだけで外見にも滲み出てくるっていうし」
「え、まさか手持ちのもの総取っ替えとか言わないわよねぇ……」
「そのまさかよ。タンスの中身取り換えるより安いでしょ?」
「ちょっと待ってよ、まだブラもパンティも着られるんだから」
「だーめ。まさかまだバックプリントのショーツなんて
穿いてるわけじゃないわよねぇ?
ああ、そうそう。今度下着メーカーと一緒に
コラボレーションすることになったんだけど――」
「いやーっ、パンダちゃんはまだ穿けるのーーっ!!」