傘すぼめ

そういえばあたしは、撩と手をつないで歩くということがほとんどない。
まだ「仕事上のパートナー」兼同居人という
曖昧な関係だった時期はもちろんのこと
それが「公私ともにパートナー///」となっても
あいつはそれを見せつけるようなそぶりをすることはなかった。
だから、よほど勘が鋭くなければ、あたしたちの関係が
進展したことに気づかないんじゃないだろうか。
もっとも、それに気づかないのであれば
たとえ情報屋であっても裏稼業失格と呼ばれかねないのだが。

だから、街を往く恋人たち――自分たちの関係を堂々と
周囲に見せつけ、還ってくる視線に物怖じすることない――を
羨ましく思わないと言えば嘘になる。
でも、あたしの今日の格好といえば、厚手のスタジアムジャンパーに
安っぽいフェイクレザーのミニスカートとタイツ、
インナーはやたらとストライプの色合いの派手な
リブ編みのタートルネック。あまり色気のある服装とはいえない。
あたしがどんな服を着ようと撩が注文を付けてくることがないので
前々から着ているものそのままだ。新しいのもそうなかなか買えないし
自分はこういう格好が楽だから別にかまわないのだけど
――通りのショーウィンドウに映る自分の姿にふと眼を留める。
彼氏と手をつないで歩く女の子たちのような
ふわふわとした雰囲気はあたしには皆無だった。

「これじゃああいつも腕とか組みたくないわよね」

なるべくさらっと呟いたつもりだけど
思いのほか自分の言葉が鋭く胸に突き刺さった。

彼女たちはみな、男たちが手を差し伸べてやりたくなるような
可憐さがあった。きっとお店にはいるときは
彼がさっと先に立ってドアを開けておいてくれるのだろうし
席に就くときはさりげなく椅子を引いてもらえるのだろう。
でも、それを羨ましいとは思ってはいても
いざ自分がそうしてもらいたいかというと――Noだ
そんなの柄じゃない、あたしも、撩も。
上着も着せてもらうよりも自分で着てしまいたいし
このバッグだってわざわざ撩に持ってほしいとは思わない
中には大事なローマンが入っているのだから。
あいつだって、自分の銃を他人に任せる愚は重々承知だろう。
もっとも、買い物のときの重い荷物は撩担当なのだけど。

あたしが撩に求めているのは、そんなふわふわした恋人ごっこじゃない。
支えてもらうのではなく、彼を支えてあげられること
互いに見つめ合うのではなく、同じものを並んで見つめること。
もう少し具体的に言えば、恋人というよりパートナーとして
誰より近しい「家族」として常に傍にいること
それなら今までとさして変わらないはずだ。

――ふと、雨が降ってきた。
水滴は瞬く間に大きさを増していく
ギリギリまで傘を差さない方のあたしでも
叩くような雨脚に持ってきていた傘を開いた。
予報を信じて持ってきていてよかった。
でも、自分の心配が消えれば
途端に気がかりなのはあいつのこと。
撩はあたし以上に傘なしで粘るタイプだけど
この雨粒ではあいつでもひとたまりもなさそうだ。
ちゃんと持って出ていったかしら――

「リョオ!」

遠くからでも見間違わない長身とよれたジャケット
そしてわざわざ探して買った、あいつの肩幅でも
すっぽり収まる大きめの黒い傘。
どうせナンパに出かけたところを「降られた」のだろう。

「よぉ、伝言板か?」
「の帰り」
「どうだ、依頼あったか」
「ううん、今日も全然」

肩と肩、傘と傘を並べて歩く。

「にしても寒ぃな」
「ずっと曇ってたのが降ってきたもんね。
Cat'sであったかいコーヒーにする?」

手をつなぐでも肩を抱くでもなく歩くあたしたちは
他の眼にはどう映っているのだろうか。
仲のいい兄妹?それとも異性同士の友達?
別にそれでも一向にかまわないのだけど。

「あ」

帰り道の「難所」に差し掛かったとき
どちらともなく思わず声を上げた。
デパートの正面入り口前は普段も人通りが多いのだけど
今日はさらに傘を差しているということで
パーソナルスペースはいつも以上に幅をとっていて
要はいつもより込み合っているということだ。
開いた傘が押し合い、ひしめき合う
ここを通らないとCat'sのコーヒーには辿り着けない。
とりあえず、手にした傘を少しすぼめれば
何とか隙間に突入できそうだけど、

「香、傘閉じろ」

突然の命令口調はいつものこと
理由さえも言ってくれない。
撩なりに考えがあるということは判っているのだけど。

「ちょっと、あたしだけ濡れちゃうじゃない」
「いいからしまえって」

あたしが何とか隙間を見つけて閉じた傘を下ろすと
雨粒が零れ落ちてくる前にと
撩が素早くあたしを傘の中に抱き寄せた。
あいつの大きい傘は多少すぼめても
身を寄せ合えばあたしたち二人も何とか収まった。

「これなら幅とらないだろ?」

そしてあたしの肩を抱えたまま、小走りに
わずかな人並みの間隙を縫うようにして通り抜ける
――つまりは相合傘だ。
もちろんこの行為に、ただ傘を共有しているという以上の意味を
つけるかどうかは見る人次第だ。
見上げた撩の表情はいつものポーカーフェイス。
たとえあいつにその気がないにしても
ここまで大っぴらに周りに見せつけられる状況は
あたしたちの場合、そうそうない。
柄じゃないのは判っているけど
羨ましくないと言ったら嘘になるのだから。

人込みを駆け抜けるわずかの間
あたしは撩の胸に少しだけ身を預けた。