I want a (house)wife.

完璧に寝過ごした。
おそらく寝ぼけ眼で目覚ましを見たときに
1時間前と勘違いしたのだ。
それだったら朝食もとって身支度を整えてから
余裕を持って部屋を出ることができたはずだ。
ああ、それに今日は洗濯器を回す日だ。
なのに、あと20分で出かけなければならない。
はっきりいって洗濯どころか、食事すら無理そうだ。

今日は依頼人に逢って調査報告書を渡さなければならない。
その依頼人というのがかなり忙しい人で
昼休みのほんのわずかな間しか時間を割けないというのだ。
依頼内容は浮気調査、探偵にとっては事務所の維持費稼ぎ
といってもいいほどありふれた案件なのだが
当の本人にとっては人生の一大事なのだ、
こっちの寝坊ごときですっぽかすわけにはいかない。
もちろん昨夜は遅くまで飲み歩いていたわけではない
今日に備えてちゃんと書類を準備して
普段より早めに寝たはずだったのに。

それでも、洗濯のローテーションを一日でも飛ばすと
皺寄せは各方面に及ぶわけで。しかも報告の後は
次の案件の調査と、夜までここには帰ってこられそうにない。
帰ってきてから洗うにも、乾くのはいつになるやら――
一人暮らしを始めるときに、お隣さんのように
乾燥機も一緒に買っておけば……とも後悔したが
お気に入りのレースのランジェリーは使えないとのことで
諦めたことを思い出した。

そして――つくづくこう思った
嫁が欲しいと。

もちろんわたしにはそっちの趣味はない。
ただ、飲み仲間の男友達が言っていたことがふと頭に浮かんだ
帰ってきて、一人で米を研いでると無性に結婚したくなると。
そんなことを言ったら女性団体に袋叩きにされそうだが
まさに今のわたしは同じ気持ちだった。
わたしの留守中に洗濯してくれて、掃除もしてくれて
夕飯も作ってくれて、ついでに言えば
約束の時間に間に合うように、多少手荒にでも
起こしてくれるお嫁さんがいれば――そう、隣の彼女のように。

じゃあ、わたしと彼女のカレと
いったい何が違うというのだろう。
わたしはRN探偵社の(社員1名だけだけど)社長であり
彼は、登記はしていないものの冴羽商事(自称)代表取締役である。
どちらもその肩書に相応しいだけの仕事はしているはずである。
ついでに言えば、私生活のルーズさも同じくらいかもしれない。
なのに彼には三食きちんと用意してくれて
掃除洗濯までしてくれる可愛い従業員兼同居人がいるにもかかわらず
わたしはどれ一つとっても自分でやらなければならないのだ。
料理はある程度外注できるにしても
自分でこの部屋を片づけなければならないし
自分で着たものを洗濯し、アイロンがけまでしなくてはならない。
クリーニングにしても下着まではやってくれないのだから。

だったら専業主夫志望を拾ってくればいいじゃない、と思うかもしれない。
でも、そんな男は本当にいるのかどうか
少なくともわたしの周りでお目にかかったことはない。
義兄さんだって、警察の仕事だけは辞めたくないだろうし。
もちろんわたしだってこの仕事を辞めるつもりはない
こんな面白いビジネス、他にないもの。
けれども、もしいい男が見つかって結婚するにしても
彼は仕事。わたしは仕事と家事か、下手すりゃ家事だけ
そんなのあまりにも不公平じゃないの。

――朝食はすっぽかしても化粧は欠かせないのは
女の悲しい性。次の仕事の合間に済ますとしよう。
帰ってきて洗濯機を回して、エアコンをがんがんかければ
少しは早く乾くだろう。ついでにTUBEでも流せばぴったりだ。

わたしのことを愛してくれなくてもいいから
甲斐甲斐しくつくしてくれるお嫁さんが欲しい。
2丁目のネコちゃん辺りにいないかしら、いい子が。
――家政婦にお願いすればいいだろうって?
そんな稼ぎがあるんだったら調査員を先に増やしてるわよ。