way of the beast

「……どうしたの、撩?」

なんてあいつが怪訝な顔をして訊いてくるのも当然だ。
部屋に入ってくるなり、半ば力の抜けたように
どっかりとソファに沈み込み、虚ろな眼をして紫煙を
まるで溜め息でもつくように吐き出したのだから。
咥え煙草のままグラスのバーボンに口をつけようとする
間抜けなおまけ付きで。

どこへ行ってきたというわけでもない
ただ、娘の部屋にあの子が大人しく寝ているか
確かめに行ってきたまでのこと。
だが、今夜我が家には余計なお荷物が
文字どおり厄介になっていた。

「まぁどうせ秀弥くんと一緒に寝てたんでしょ、ひかり」

さすがに長い付き合いだけあって
あの子の共同制作者である相棒は見事に
俺の落胆の原因を当ててみせた。

「しょっちゅう寝ぼけてあたしたちのベッドにも
上がり込んだりしてるじゃない。
あんたに似たんじゃないの?人肌恋しがるくせは」

それだっていい気はしない、自分の娘が
男と同衾しているのを見せつけられた
父親の気持ちになってみろってんだ。

「だって、まだ6歳と7歳じゃないのぉ。
お風呂だってまだあんたと一緒に入ってる齢よ」
「その6歳と7歳が16歳と17歳になっても
ってこともありうるだろうが」
「じゃあ撩、あたしもそのくらいの頃
まだときどきアニキと一緒に寝てたって言ったら、妬く?」

――思わずグラスの中身を盛大に噴き出した。

「……ときどき、だよな?」
「そう言ったでしょ。テレビで怖い話とかやってたとき
一人じゃ寝られなくて布団に潜り込んだりしてたわ」

9つ違いだから、当時槇ちゃん15歳か……微妙なところだ。

「それに、あんたの心配するほどのことじゃないと思うのよ
まだ子供だからっていうんじゃなくて。
あの子たち、言うなれば兄妹みたいなものだから」

秀弥のことは、とかく忙しい実の両親に代わって
それこそ赤ん坊の頃から俺たちが面倒を見ていた。
ときにはこうして家に泊めてやりながら。
そこにひかりが生まれてきたのだから
当然ながらこの従兄とは家族も同然だった。

「いくら血が繋がっていないからって、アニキもあたしも
別にお互い恋愛感情を持ってたわけじゃないってのは
あんただって判ってるでしょ?」

まぁ、昔は勘違いしてたみたいだけどと混ぜっ返すが
要はあの兄バカにとってこの「可愛い妹」こそが
恋人よりも誰よりも優先すべき存在だったというだけのこと。
ただ、その頃の俺はそんな感情を言い表すのに
「惚れてる」という言葉しか知らなかった、それだけなのだ。
そして、それはまだ世間知らずだった奴の
「可愛い妹」も同じこと――

「じゃあ、一つ訊くが」
「何よ」
「あの頃、俺と槇ちゃんどっちの方がより好きだった?」

そうガラステーブル越しに覗き込むと
年甲斐もなく困惑の表情が見てとれた。

「とりあえず質とか方向性とか関係なく
純粋に愛情の大きさな」
「――でも、あの頃アニキに隠し事してたからな
だからどこか後ろめたくて、撩と二度目に逢ったときなんか
ケンカと家出ばっかり繰り返してたっけ」

ああ、そうだったな。あのときも何度目かの家出の
真っ最中だったのだから。

「それまではずっとアニキが一番だった。
アニキが傍にいてさえくれたら他に何も要らないくらい。
それくらい信じてた、あたしの総てを受け入れてくれるって」

そう香は遠い眼をして呟いた
まるで在りし日のシュガーボーイのように。

「でも、アニキも絶対じゃなかった。
だんだん素直になれなくなって
アニキの前でも自分に蓋をして――
そんなときに出逢ったのが撩だった」

生まれたときから、それと同じくらい長い間
一緒にいるから人間、判り合えるというものではない。
俺と香は、それこそ地球の表と裏側に引き離されていたのだ。
でも今、こうして世界で最も近しい間柄にいる。

確かにひかりにとって秀弥は
そして秀弥にとってひかりは
もっとも傍にいて居心地のいい存在だろう。
生まれたときからほぼ一緒にいるのだ
お互いの好みもくせも考え方も
思い出すまでもないほどよく判っているのだから。
でも、そのぬるま湯に甘んじてほしくない
というのは父親の我儘だろうか。
世界のどこか、それこそ遠い裏側に
それ以上にお前を理解し、受け入れてくれる
誰かがいるかもしれないのだから。

――だが、それはあまりにも途方もない
賭けなのかもしれない。
普通の育ちの子供ならいざ知らず
誰とでも仲良くできる、からこそ
誰も「友達」と呼べない少女と
ごく親しい人々を除いては
誰にも心を開けない少年にとっては。

朝日新聞:トキ兄妹ペア、2羽目のひな確認 3羽目可能性も 佐渡