Goodbye My Hometown:appendix

あっちにはBachelor Partyなる習慣がある。
Bachelorとは「独身者」という意味
別名Stag PartyともいうがStagとは牡鹿のこと。
要は結婚式の前夜、明日の花婿が女禁制で
飲んで騒いでの酒池肉林というわけだ。
向こうじゃ定番はストリップなのだが
日本のようにもっこり美女を横に侍らして、という
業務形態がないからそうなってしまうのであろう。

ここ、新宿・歌舞伎町では
いつの間にかこの街の有名人となったミックの
独身最後の夜と知った面々で
街を挙げてのバチェラー・パーティーとなっていた。
今夜ばかりは奴はどこへ行っても下にも置かぬもてなしぶり
一緒に付いて回った俺も、二人で1セットとばかりに
有難くおこぼれに与ることができた。
曰く「結婚は人生の酒場」、そうでなくても
明日からはしばらくこっち方面は憚られる日々だ
今宵は娑婆の愉しみ収め。

しまいには二丁目の綺麗どころまで乗り出しての無礼講から
這う這うの体で逃れてきたのはいつものバー。
どうやらここで締めということになりそうだ。

「こりゃ花嫁もカンムリだな」

人より酒には強いはずの明日の主役もお疲れといったご様子。

さぁな、心配なのはかずえちゃんの方だったりして」

俺も正直明日の本番は辞退したいくらいなのだが
悪友に無理にとせがまれてしまった以上、すっぽかしたら
後で相棒に何を言われることやら。

「俺たちの留守中に、女ばっかでホームパーティーだとさ。
香のやつが訊いてきたぜ、どの酒持っていったら喜ぶかって」

そっちの方は麗香辺りがしっかり手配していることだろう。
そして、香や美樹ちゃん手作りの料理が持ち込まれれば
女同士、こっちも話は尽きないところだろう。

「Oh, Kazue...酔ったレイカに絡まれてなきゃいいんだが」
「大丈夫だろ、あいつは結婚『できない』んじゃなくて
結婚『しない』だけなんだから」

それでもすっかり心配上戸になってしまった奴は
相当酒が回ってしまったと見えた。

「にしてもリョウ、オマエ今夜は
ずいぶん楽しそうだったな」
「そりゃそうだろ、どこへ行ってもお前のおかげで
タダ酒の飲み放題だ、これであいつに
ツケのことをとやかく言われずに済む」
「いや――そういうオマエの表情を
向こうじゃ見たことがなかったなぁって」

俺とミックがアメリカにいた頃からの
悪い付き合いだったというのは今さら言うまでもない。
お互い今より若かったこともあり
今夜みたいな騒ぎは日常茶飯事だった。
死が隣り合わせの日々、だからこそ
今この瞬間を謳歌していた。
だが、それでも奴曰く「腐った魚のような眼」
をしていたのだという。毎夜飲んで騒いでしていても
それを心の底から愉しんでいなかったと。

「それが驚いたよ、初めてこっちに来て
オマエが本当に楽しそうに笑っていたんだから」
「歌舞伎町でか?」
「バカ、カオリの傍でだよ。
カノジョがオマエを変えてくれたんだなと思うと
昔のリョウを知ってる身としては、嬉しくて嬉しくて……」

と、今度は泣き上戸だ。おいおい
本当に明日の式本番はこれで大丈夫かよ。

「――なぁ、オマエ結婚しないのかよ」
ぶっっ――
「判ってんだろ?お前、俺が結婚できないって」
「籍入れるだけが結婚じゃないぞ。
つーかもうオマエたち、夫婦も同然だろ
後はウェディングドレス着せてやって
誓いのキスをしてやるだけじゃないか」

くーっ、カオリのウェディングドレスかぁ、と
すっかり奴はトリップしちまったようだが
夫婦も同然って、“初夜”はまだなんだぞ!

それでも、ミックの言葉にふと昔のことを思い出す。
俺が昔のように――まだ無邪気だった子供のときのように
心の底から笑えるようになれ、そのとき
あの頃の夢に近づけているのではないだろうかと。
もちろん、あの頃憧れていたヒーローは
ヒーローなんかじゃないと今は判っている、
自分の信じるもののためなら人殺しも辞さない
ただの兵士に過ぎないと。
それに、俺だってヒーローなんかからは程遠い
人に雇われ、誰かの生命を奪う薄汚い殺し屋だ。
だが、そうはなれないとしても
それに少しでも近づくことはできる。

「カオリぃ、ビューティホー……」

おいおい、結婚式の前夜だというのに
花嫁以外の女の夢を見てるのかよ。
そんな薄情な花婿を担ぎ上げると
すでに店じまいの始まった店を後する。

それは、永遠に叶わない夢だ。だからこそ
そこに向かって永遠に歩み続けることができる。
叶ってしまえばそれで終わりなのだから。
少なくとも、方向は間違ってはいないようだ
あのときアメリカを出た俺の選択も。
なら、道を過たずにこれからも歩くだけだ
とりあえずは、香の待っているアパートに向かって。

TUBE サヨナラ My Home Town 歌詞 - 歌ネット