cat person, but...

「やーん、かわいい〜♪」

と相好を崩しているのはもちろん撩ではなく

「このまま持って帰りた〜い!」

無論、その対象がいわゆる「もっこりちゃん」であるはずもなく

「だったら買っちゃえばいいのに」
「それができないからここにいるんですよぉ、香さん」

ゲージの針金を掴みながら、かすみちゃんが恨みたらしく
上目遣いでこちらを見やった。

「アパート、ペット可の物件だって聞いたんだけど」
「そうなんですよ、一人暮らし始めたら
絶対猫飼おうって思ってたのに、でも、マスターが……」
「ああ、海坊主さんがね」

確かにあれほど残り“四感”が鋭い人なら
かすみちゃんと一つ屋根の下に暮らして、その結果
全身に沁みついてしまった猫の匂いに気づかないはずがない、
自分の嫌いなものならなおさら。
それゆえ彼女は念願を果たせないまま、たまの休みに
こうしてペットショップで売り物の子猫たちと戯れるのを
楽しみにしているのだ。

「ほら、おいでおいで〜」

とはいうものの、成猫よりは人懐こいけれど
子猫とはいえ猫は猫、しょせん気まぐれな生き物
かすみちゃんお目当ての白いのはさっきから背中を向けたまま。

「ちょっと待って」

と言うと拙いながらみゃ、と鳴きまねで声をかけてみた。
すると小さな耳がピクリと動く。そのまま
みゃみゃ、と語りかけるとその子はのそのそと
ゲージの手前の方までやって来た。

「さっすが香さん!」
「さすがって、そんなことないわよ」
「知ってますよ〜、近所の野良猫みんな手なずけてるって」
「手なずける、ってほどじゃないけど……」
「いえいえ、猫には真の猫好きが判るんですよ。
何で飼わないんですか?」

――まぁ、どっちかといえば犬よりは猫の方が好きかもしれない
犬も好きではあるのだけれど。
でも、団地育ちで小さい頃は動物を飼うという選択肢は無かった。
今もこの仕事を続けているかぎり、世話は難しいだろう。
けれどももし飼ってもいいとしたら……?
それでもあたしは敢えて一つ屋根の下には暮らさないだろう。

あたしが好きなのはノラたちなのだ。

偶然、通りで見かけるだけで何となく嬉しくなる。
目が合って、近寄りでもしてくれれば言うことはないのだけれど
あたしの存在に知らんぷりしていたって一向に構わない、
ただ遠くから眺めているだけで充分満足なのだから。

それに、飼うとなったら飼い主としての責任というものがある。
ちゃんと餌をあげて、トイレの躾もして、手術も受けさせて……
少なからず彼らのために生活も曲げてあげなければならない。
そこまでしてあげられてこそ、ただ美味しいとこどりだけでなく
それなりの負担も背負ってこその愛情なのかもしれない。
あたしみたいなノラ好きは、単なるつまみ食いに過ぎないのかもしれない。
でも――ノラこそが彼らの一番自然な姿なのだ
というのは言い過ぎだろうか?
彼らは自由だ、その自由を何人たりとも妨げることはできない
たとえ人間様であろうとも――

結局、二人で閉店近くまで粘ってから帰った。
かすみちゃんは今日は休みだ、猫の匂いがたっぷり沁みついたまま
Cat'sに行けるはずがない。

「ただいまー」
「おぉ」

ソファに寝転がっていた撩が帰ってくるなり跳ね起きた。

「ごめんね、遅くなって。これからすぐご飯にするから」
「いや、いい。今夜も呼ばれてるんでね♪」

よく見ればTシャツも余所行きのやつだ
――ここにもノラが一匹。
決してあたしに飼われているわけじゃない
ただエサ時になるとふらっとやって来て
出されたものを美味しそうに平らげては
またふらっとどこかへ行ってしまうノラ猫。
でも、それでいいのだ。自由でこそのノラ猫――撩
縛りつけてしまってはせっかくのノラが台無しだ。
それに――これでもけっこう幸福なんだよ
こうしてすぐ傍であんたの姿を見られるのは。

「もう、軽くなんか食べてきなさいよ
おなかペコペコでしょ?
すきっ腹にアルコール入れちゃ悪酔いの元よ」
「へぇへぇ」
「ちょっと待ってて、焼きおにぎりくらいだったら
すぐに出来るから」

だから――必ずあたしのところに帰ってきてだなんて
口が裂けても言えないんだけれど。