もしそこに彼らがいたなら

放課後、伝言板を見に来たら変な男が目についた。
一見、気配を隠しているようでいて
「俺は今ミッション中なんだぜ」感が見え見えで
TVでよくやっているガチ鬼ごっこゲームでは
自信満々でいて真っ先にハントされてしまうような。
どうせ張り込むんだったらもう少し普通に突っ立っていないと
その辺の通行人に紛れてしまえるぐらいじゃなきゃ。
少なくとも訓練を受けたような警察官じゃなさそうだ。
もちろん、そんなの服装で判る。
まぁ、もしかしたら東新宿署の生安だったら
歌舞伎町の見回り用にこんなチャラそうなのもいるのかもしれないけれど。
せいぜいがお隣さんの商売敵、といってもこのザマじゃ
頭に「貧乏」がつくだろう、ウチと同様に。

そのチャラ男は東口前の階段傍に佇んでいた。
いったい何を待ち構えているんだろう、
面白そうだったのであたしも張り込んでみる
おそらくはヤツよりも巧く。
その前を通り過ぎていったのは今どき珍しいくらい
制服のスカートを短くした女子高生と
営業なんだか昼間っから駅構内を通り過ぎるサラリーマンと。
すると男は動き出した、その後をつけるように
ルミネエストへのエスカレーターを昇っていく。
張り込みが一転して尾行になった。
そして男はスマホを取り出すと、それをカメラとして構えた。
撮られた先ほどのサラリーマンもスマホを持っていた。
しかし持ち方があからさまに不自然だった
まるでその前の女子高生のスカートの下に差し出すような。

――鉄警(鉄道警察隊:電車内および駅構内での
犯罪を取り締まる警察の一組織)かな?
にしちゃ張り込みといい尾行といいあまりにもお粗末だ
そもそも彼らは証拠に写真撮影なんかしない。
女子高生が2階へのエスカレーターに乗ると
男はサラリーマンの腕を捉えて1階に留まらせた。

「なっ、何をするんだ君は!」

腕を掴まれたサラリーマンはけっこういい齢だ
パパとそんなに変わらないくらいだろうか、と言ったらくれ
中途半端な知り合いと当の本人が
躍起になって否定するだろうけど。

「しらばっくれんのかよ、おっさん」

と男はスマホをサラリーマンに押しつける
盗撮の決定的証拠だ。その途端に彼の態度が激変した。

「まっ、待ってくれ!頼む!会社だけには――」
「いーや、警察に行こうか」
「待てっ、頼むっ、お願いだ、どうか――」
「盗撮したんだろ?悪いことしたら
おまわりさんのとこ行かなきゃ」

その間、あたしはというとさりげなくエスカレーターを降りて
二人の横を素通りして、お店の陰からそのやりとりを眺めていた。
すでに男は人目を避けるようにして、エスカレーター前から
よほど健康コンシャスな人しか使わないであろう階段へと
舞台を移していた。

「お客様、何かお探しでしょうか?」

と尋ねてくる店員を笑顔であしらいつつ
(これもその場の雰囲気に溶け込むため)
人気のない物陰での土下座劇に感覚を凝らした。

「――い、いくらなら許してくれます?」

そのとき、男の顔がにんまりと歪んだ。

「まぁそうだな、50万ってとこかな」
「ご、ごじゅうまん……」
「そのくらい貯金してんだろ?
その辺にATMもあるだろうし――」

最初からそれが目的だったのだ。
それを、自分から言い出さずに
言葉巧みに向こうから口に出させて――
痴漢退治はあたしの実益を兼ねた趣味だけど
盗撮魔とカツアゲ野郎、まとめてとっちめてやろうじゃないの!
と飛び出そうとしたとき、誰かがあたしの襟首を掴んだ。

「だっ、誰よ!」

思わず連中にあたしの存在をばらすところだった。
口を大きな手で押さえられる。

「二人まとめてというのは
ちーとばかし荷が重いんでないかい?」
「パパ!」

さっきまでそんな気配はみじんもしなかったのに

「いつからいたのよ」
「んー、改札前の辺りから」

って最初っからじゃない!そのときから気配を消してたなんて
さすが、恐るべし戦場育ち。

「あのチャラ男の方、結構手馴れてるぞ。
最近噂になってるだろ、盗撮ハンターって」

ああ、だからね。新宿に「狩人」は二人いらないってわけ。
引っ込んでろよとだけ言い残すと、パパは気配を消したまま
あたしの一歩前に出た。

「正義の味方ヅラするのも程々にしとけ」
「んだと!?」

男の右手にちらりと鋭い光が躍る
バタフライナイフだ。当然ヤバいヤマを踏むなら
持ってて当然、パパがあたしを下がらせて当然だ。
でも、刃物の一本や二本あしらえないあたしじゃない
もちろん、パパならなおさら。

「っっっ――」
「お前はな、ただの寄生虫だよ
こんな人間のクズにたかってようやく生きてるような」

手刀一閃でナイフを叩き落とすと
相変わらずカエルのように平らになっている
哀れなサラリーマンを顎で示した。

「って――」

そして、掴んだ手首を決められると
男はそこに座り込んでしまった。

「おーい、ひかりぃ
なんか持ってないかー?」

ったく、こんなときばっかり人を頼りにして。
バッグの中で使えそうなのは――あった
荷造り用の結索バンド、といっても
アメリカあたりの警察じゃこれを手錠代わりにしているらしい。
確かに、あんなとこじゃいくら手錠があっても足りなそうだもの。
あたしがまずチャラ男の方を手早くホールドしている間
パパはそいつの身体検査をし始めた。
さっきのスマホを探し当てると、

「いいか、この新宿で勝手なことしてるとな――」

手のひらの中でまるでリンゴのように
――ってリンゴ握りつぶすだけで凄いんだけど――
もはやさっきの写真で悪さできないようにしてしまった。
データを復旧しようと思ったら、ジェイクのような
腕利きに頼まないことには無理だろう。
あたしとしては、液晶画面の欠片で手のひらを
怪我してないかがちょっとだけ心配だったのだけど。

まるで塩を振りかけたナメクジ状態のチャラ男をよそに
さっきまでの「被害者」の方はというと
まるで救世主の降臨のように必死にパパにすがりついた。
そして目を輝かせながら、こっちは自ら懐をまさぐると
長財布から数枚握らせようとした。
それをパパは、そいつの顔にめり込ませるように押し返した。

「地位も仕事も家族も、金で買えると思うなよ」

というと、あたしの方を見やって

「おーい、冴子――いや、槇ちゃんの方がいいな
電話かけろ」
「えー、パパ携帯持ってんでしょ」

盗撮リーマンの方を縛り上げると、しぶしぶ
伯父さんの個人携帯にかけた。
もちろん、パパの番号が残れば
多少は厄介になることも判ってはいるけど。

「――あ、もしもし、伯父さん?
ちょっと今い――」
「あ、槇ちゃん?いまルミネエストなんだけど
ゴキブリ一匹とそれにたかってたウジ虫一匹
引取りに来てくんない?
――ああ、人遣ってでいいから」

勝手に話をつけると、勝手に電話を切った。

「んじゃ後は頼まぁ」
「え、ちょっとどこ行くの!?」
「だってどうせこのあと事情聴取とかめんどくさいじゃん」
「だからってそれをあたしに押しつけないでよ!」
「大丈夫、槇ちゃんのお声かかりだったら
手間は取らせないって」
「だったら自分で残れーっ!」

――ともあれ、今日も新宿は平和である。

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130918/crm13091800290002-n1.htm