愛と戦争は総てが平等

ひかりと秀弥を夜の歌舞伎町で見かけても
オレは不審に思わないだろう。
確かに二人はまだ未成年で本来そんなところに
そんな時間にいてはいけないはずだが
ひかりは小さい頃から冴羽さんに連れられての
夜遊び歴=年齢の強者だし、秀弥は
そんな彼女の(父親としては不本意なんだろうけど)
ナイト役を同じくひかりが生まれてこのかた務めている。

だが、なぜ俺がその日は我が目を疑ったかというと
その二人の格好――なぜか揃って首からオレンジタオルをぶら下げ
しかもひかりはジャビ耳まで装着していたのだ。
そんな二人が当然、楽しげにしていたわけがなかった。

「なぁ、こんな時間までどこ行ってたんだよ」
「これが普通に夜遊びしてるように見える?」

見えないから訊いてるんだ。って答えもあらかた判ってて
なおかつ尋ねるのも意地が悪いのかもしれないが。

「近所のスポーツバーだよ」

秀弥が口を挟んだ。

「でもなんだよ、その格好」

そう、ひかりが黒のTシャツで
秀弥が青の小旗を持っていればまだ判るのだ。
二人はそれぞれロッテと西武のファンなのだから。

「別にいーじゃん、東京都民なんだし」
「そうそう、うちもオヤジは昔ファンだったって」
「奇遇だね、うちもママが昔」

と、通りの真ん中でわざとらしく握手を交わす。
って全然奇遇でもないだろ!そっちの父親と
こっちの母親は兄妹なんだから、同じ球団のファンだとしても。

「ってまさか鴻人、お前日本シリーズで
楽天応援してたのかよ」

ただでさえ普段から不穏な空気を醸し出している秀弥が
機嫌が良くないのだから、殺気に似たオーラが全身から
特に細くしかめられた目元からこれでもかと発せられていた。
それに気圧されると、自分の選択が
本当は間違っていたのではないかという気になってしまう。

「ほら、だって被災地だし頑張ってほしいだろ?
それにパ・リーグの代表なんだし……」
「へぇ……鴻人のホークス愛って
その程度のものだったんだぁ……」

いつもは快活なひかりが、地の底から響くような声で
こっちを下からぐいっと睨みつける。
彼女にそこまでの表情をさせたのは
未だかつて相当な極悪人を除いていなかったはずだ。

「あれだけシーズン中は敵味方に分かれて
相当やり合った仲だっていうのに
CSが終われば今日から味方同士って簡単に思えるんだ」
「そう、じゃいけないのかよ」

敵と味方とはいえ、戦う理由さえなくなれば
人と人との関係はそうあるべきだと思っているし
それが理想である以上、実践すべきだ。
例えば――父と冴羽さんみたいに。

「でもさぁ、鴻人に好きな女の子がいてさぁ
その子に他に好きな人がいるからって
振られちゃったとするじゃん。
それってさ、そんなに簡単に諦められちゃう?」

諦め――きれるかどうかは正直なところ
実体験が少ないので定かではない。
でも、その子の幸福を心から願うのが
人としてのあるべき姿だが、そう簡単に思いきれるほど
綺麗事で生きられないというのも判っているつもりだ。

「なんで自分が振られたのか、なんでオレじゃなくて
あいつなんだって諦められなくて、いっそのこと
あいつさえいなければオレだって……って思うかもしれないだろ?」
「それって下手すりゃ立派なストーカーだろ」
「いーじゃん、男と女だったらストーカーだけど」

スポーツだったら敵の敵を応援して
敵を潰してもらうことくらい、何の制裁も受けないわけだ。
そもそも彼女の両親のもとには、ときにはそんな
過激な愛のなれの果ての依頼も転がり込んでくる。
それを幼いころから目にして育ってきたひかりにとって
物わかりのいい愛情なんて生ぬるいだけなのかもしれない。

「っつーかオレ、そういう経験ないからよく判んないんだけど」
「ばーろぉ、あたしだって振られたことないもん」

そもそも告ったこともないけどな、と苦笑いを浮かべる。
そりゃそうさ、告白なんかしなくたって
大本命がすぐ傍にいるんだから。

とかく、彼女の愛も得てして過激だ。
愛するもののためなら、その敵は徹底的に潰す
敵の敵に魂を売るくらいは何の躊躇もせずに。
それだけの愛を一身に受けるからには
怯むなよ、逃げんなよと
不機嫌姫を送り届ける不機嫌なナイトの背中を見送った。