Chronicle of 2013:12.24/プロメテウスが死んだ朝

「そういやAKB48って、初めて聞いたとき
なんか引っかかったのよね」

藪から棒に香がそう切り出した。
確かに。あの世知に長けたヒットメーカーのことだ
もはや確信犯として、判る奴にはぎょっとするような
まさに『地雷』を埋め込んでのネーミングに違いない。

「つーかまだ生きてたんかってのが素直な感想だな
あの打撃の神様とやらとおんなじで」
「こら、全国の巨人ファンに謝れ」

47ってのは1947年という完成した年を表している。
もう60年以上も昔の話だ。そしてAKは
Avtomat Kalashnikova、つまり
「カラシニコフ自動小銃」の意味だ。

「まぁ、俺もだいぶお世話になったけどな」
「えっ、あんたそんな趣味あったの?」
「Bが付いてる方じゃねぇぞ!っておまぁ、わざと言ってねぇか?

カラシニコフといえば本国ソ連のみならず
共産圏各国でもライセンス生産された。だけでなく
基本設計が優秀かつシンプルで、その上
云わば取説無しで使いこなせる銃として
半世紀にわたって世界中の紛争地でコピーされ続けてきた。
俺が手にしてきたのも正規品か海賊版かは定かではない。

「あの爺さんも、天国に行けないってのは
覚悟してたんだろうな」

意外だった、あいつが異論を差し挟んでくるとは
あの非暴力非服従の暴力女が。

「カラシニコフさんのおかげで助かった人だって
たくさんいるわけじゃない」

とりもなおさず、目の前の俺だってそうだ。
AK47が無かったら、今こうしていられたとは到底思えない。
だが、それが本当に良かったのだろうか。
俺一人が生きるためにいったい何人が死んでいっただろうか。
その犠牲に見合うほどこの俺が、冴羽撩という人間が
生き延びる価値があった男とだとは信じられなかった。
といっても、代わりにくたばった奴と比べても
五十歩百歩なのかもしれないが。

それに、銃によって得られたものに
どれだけの価値があるというのだ。
もたらされた平和はあまりにもあっけなく
再び銃によって覆され、そうはならなかったレアケースも
やはり銃の力で不安定さを抑えつけているだけに過ぎない。
手にするのが自由の戦士であろうがテロリストであろうが
所詮武器は武器、人殺しの道具でしかないのだ。

「そもそもさ、初めてナイフを発明した人なんて
撩の話じゃいったい何度地獄に落ちたって
足りないのかもしれないけれど、
でももしナイフが無かったら?」
「ナイフを発明したって、いったいいつの時代だよ」
「そうねぇ……黒曜石で作ってた頃?」

確かにあの時代、もし人類がナイフを手に入れていなければ
仕留めた獲物から毛皮を剥ぎ取ることはできなかっただろうし
それができなければ、俺たちアフリカ生まれの末裔のこと
厳しい氷河期を越すことだってできなかったはずだ。
それ以後、金属を手にした人類は刃物を次々と進化させていく
もちろん人殺しの道具としても使われたろうが
それだけでは無かった。便利に、人をより幸福にしていくために……。

――遠くでサイレンの音が鳴り響いていた。
この音はパトカーのそれではなくて消防車だ。

「あら、またどこかで火事?」
「空気が乾燥してるからな」

――プロメテウスが人類に火をもたらさなかったら
火事で財産を、生命を失う者はずっと少なかったはずだ。
だがそれは人間にそれ以上のものを与えたのだ。

もしミハイル・カラシニコフがこの世に生を受けなければ
彼がAK47を生み出さなかったら
俺は今この世に存在せず、香も、依頼人も
護り、救うことができなかった。
当分ロシアには足を向けて眠れそうにない。

「あんたもちゃんと火の始末、気をつけてよ
特に煙草、寝煙草なんて危ないんだから」

何を言うか、一発後の一服ほど至福のものは無いのだから。

そうそう、上のヒーターのコンセントちゃんと抜いたかしらと
あいつがそそくさと階段を上がっていくのを見届けて
俺は小さく上、下、左、右と十字を画いた。
――父と子と聖神の名に依る、アミン

http://www.asahi.com/articles/ASF0TKY201312230324.html