I Hate You

「もう、あんたなんか大っ嫌いっ!」

と、捨て台詞とともに振り下ろされる捨てハンマー。
どちらの方がダメージが大きいか、一目瞭然だろう
ずきずきと痛むハートは心疾患でもなければ
肋間神経痛でもないはずだ。
その痛みと背中に圧し掛かる重みを堪えつつ
それでも今日は積年の疑問を
立ち去る背中に投げかけた。

「でもさカオリン、そういやおまぁ
俺のこと『好き』って言ったことあるか?」
「無いわよ」

即答だった。
確かに、面と向かって言われた記憶は無い。
無いからこその疑問だったのだが
そこまではっきり答えられるとは思わなかった。
まぁもちろん、あいつの好意は見え見えなのだが
じゃあ何でそれを敢えて口にしないのか。

「なんでか、知りたい?」

踵を返すと、これ見よがしに
潰れた俺の傍らにしゃがみ込み
地を舐めるかのような顔を覗き込む。
最近暖かくなってきたせいか
大きく開いたV襟ニットの胸元が
まさに見えるか見えないかだが、
ハンマーを消してもらうためには
顔だけでも神妙にしていなければ。

「昔ねぇ、アニキが警察に勤め始めた頃
近所によく夕飯に呼んでくれた
友達の家があったんだわ」

そうおもむろに語り始めたのは
俺の知る由のない昔話だった。

「そこの家のお母さんに、いつだったか
出してくれたオムライスを美味しいって言ったのよね。
ほら、うちのアニキなんかそんな洒落たものを
作ってくれたことがないから」

確かに、あの槇ちゃんならむしろ肉じゃがなんかの
古き良き和食派だったのだろう。

「そうしたら、呼ばれるたびに毎回オムライス。
さすがにあたしももううんざりしちゃったんだけど
良かれと思っていつも作ってくれたわけだし、
でもそうしたらその家のあたしの友達の子が
嫌になっちゃって、とうとう呼ばれなくなっちゃった」

そりゃそうだ、あいつが来るたびいつもオムライスなら
いくら仲良しでも諸悪の元凶と恨み出すはずだ。

「だから、あたしは軽々しく好きって言わないことにしたの。
そう言っちゃったら、いついかなる時も、24時間365日
好きでいなくちゃいけない、一瞬たりとも
嫌いになっちゃいけないわけだから」

そして、俺の顎の下に人差し指を伸ばすと
ついと上を向かせてほぼ強制的に視線を合わさせた。

「確かにあたしは撩が好きよ。
でもあたしの好きな撩は、強くてかっこよくて
ちゃんとまじめに仕事してくれる
最強のスイーパー、シティーハンターの冴羽撩なの。
間違っても、怠け者の役立たずで
無駄飯喰らいで女好きの
『新宿の種馬』じゃないんだからねっ!」

と、その言葉がまるでピンヒールの足裏のように
俺の顔を踏みにじる。それじゃあ俺が
「香の好きな冴羽撩」でいられる時間は
ハヤタ隊員がウルトラマンでいるより短いんじゃないか?

だが確かに、好きだ愛してるといっても
いついかなる時も、24時間365日
その気持ちが変わることはないというわけではない。
俺だって今この瞬間「そんなカオリンも可愛いんだから♪」と
狒々爺めいた達観をできるほど人間出来てるわけじゃない。
場合によっては「あのアマいつか見てろよ
今にぎったんぎったんにしてやるからなっ」と
思ったことも一度や二度ではない。
――あいつ、仕事のときには平気で俺のこと殺しかけるからなぁ
「あら、これくらいで死ぬようなヘタレじゃないでしょ」って。

むしろ、人の気持ちはいわば風見鶏
東を向いていたかと思えば
あっという間に西を向いているような。
いや、百年の恋だってどんな些細なきっかけで
一瞬で醒めることだってありえなくもない。
そんな激しい乱高下の中、結局のところ
平均してプラスかマイナスか、といったところだろう。
いや――

今だって、ときどきあいつのことを
すべて放り出してしまいたくなるときもある。
もうお前のことなど知らない、未来永劫好きに生きろと。
だが、かつてのようにそれを
実行に移せるとはもう思えないのだ。
二度とあいつなしではいられない、
心の――体の――どこかで狂おしいほど
香を求め続けているのだ。
これでは嫌いになれるはずがない。

「――じゃあなんでそんな男と一緒にいるんだよ」
「さぁね」

ハンマーを俺の背中に置き去りにしたまま
香は再び部屋から立ち去ろうとする。

「おい、この暴力女!
とっととこいつを消しやがれっ」

その心の底からの罵り言葉は
紛れもない真実なのだけれども。