Every Jill has her Jack somewhere

「葉山先輩、婚約されたんですって」
「まぁ、それでお相手は?」

今どき書き言葉でしかお目に掛かれない純然たる『女言葉』を
このキャンパスでは未だに耳にすることができる。
いわゆる「さようなら」が「ごきげんよう」の世界なのだ。
あたしはというと、ちょっと斜に構えて
『斜陽』ですか?と冷ややかに眺めているのだけれど。

このお嬢様、というよりむしろ『お姫様』大学において
大学院というのは「家事手伝い」という肩書では
見栄えが悪いと悟ったご令嬢たちが
花嫁修業の合間に通う、一種の「現職ロンダリング」機関である。
それが徹底されると、籍だけ置いて顔を出さないという
同級生もいたりする。そうでなくても
国文科のゼミなど、平安時代の高級もかくやという優雅さだ。
もっとも、女房たちは今でいうキャリアウーマンなので
これよりももっとギラギラさがあったには違いない。

と、したり顔でこんなことを言っているあたしだって
「腰掛け院生」の一人とみなされてるのかもしれない。
確かに、冴羽さんのハートを盗み損ねて
真っ当に就職することなく、だらだらと居座っているのだから。
裏の、そして本当の「家業」はともかくとして
あたしの家も世間では名門で通っているのだ
だからこそこの学校に通えているのだし。

そして、件の先輩の御実家もお嬢様揃いの当校において
どの生徒も一目置くほどの名家、というか
世の中的には日本史の教科書でしか知らなくて
その家が未だに続いている方がびっくり、という一族だ。
そしてそのフィアンセも、名前を聞いただけでは
ぴんと来なくても、その父祖が創業した会社名なら
誰もが、あたしでも知っている国民的大企業だ。

そのプリンセスとプリンスの婚約と聞けば
まず「政略結婚」の4文字が浮かぶだろう。
でも、聞けば二人は純然たる恋愛結婚(予定)であり
だからこそ後輩たちは憧れて話題に挙げるのだ。
なのに、あたしはその祝福の輪に入れなかった。

「男なんて星の数ほど」なんて最初に言ったのは誰だったのか。
あたしだって「負け」が目に見えてきつつあったとき
その言葉を心の支えにしてきた。
でも、実際に20年ちょっと生きてきただけで
出逢える男性なんて、都会の星空より少ないくらい。
こんな学校に初等科、幼稚園から通っていればなおさらのこと。
お膳立てされた、周囲の誰もが反対しないような
そんな相手としか知り合う機会は無いのだ。
少女漫画のような、貧しくとも心優しい
ちょっと不良で、でもそこが魅力的な
なんて男子と恋に落ちるなんて夢のまた夢。

暮らし向きが近い方が話が合うし、その分相性もいい
ということも言える。でも相性なんて
家柄とか収入とか、そんなもので輪切りにできる
ものではないと、あたしは思ってる。
もっと、一人の人間として合うか合わないか。
それは合って話をして、友達付き合いしてみて
初めて判り始めるものなんじゃないだろうか、
もちろん先入観なしに。

だから、狭い世界の中だけで選びたくない
あたしにとっての王子さまを
たとえ、級友の目にはみすぼらしい乞食に映っても。
10人の中から一番を選ぶよりも
100人の中から選んだ方が
より良いものを見つけ出せるに決まっている。
一族の中から、だけなんて問題外だわ。

「すいませーん、遅くなって」
「いいのよ、かすみちゃん。学業優先なんだから」
「学業っていっても、ゼミの子とおしゃべりしてたら
こんな時間になっちゃっただけなんで」

――この喫茶店では、学校の子が聞いたら驚くような
世界に出逢える。元傭兵のマスター夫婦に
常連客は世界一のスイーパーに
その元同業者の敏腕ジャーナリスト
そして彼らと持ちつ持たれつのエリート女刑事、等々。
まぁあたしも、知る人ぞ知る凄腕の美少女怪盗
(セミリタイア中)なんだけど。

そして、ここに集うカップルたちはみな
もともと住んでいた世界の違いを飛び越えて
一緒になった人たちばかりだ。
子供の頃の想い出、日常の些細なこと
そんな似た者同士なら食い違わないようなことも
思わぬギャップが生じたりする。
でも、その違いを楽しむことができるのだ
ここにいる仲間は。
その方が、ずっともっと世界が広がるし
人生も面白くなるに決まってる。

――あたしにも、どこかにいるのかもしれない
たとえ住む世界が違っていても
心と心が通じ合える人が。
でも、待ってるだけでは見つけ出せない。
じゃあ、どうすればいい?
探そうとしなきゃ、自分の足で。
ああ、そういえば友達に合コンに誘われてたんだっけ。
彼女はもう就職してるから、院の子よりも
もっといろんな人を連れてくるかもしれない。
えーと、確か日づけは……

「かすみちゃん、それで突然で悪いんだけど
来週の土曜日――」
「美樹さんごめんなさい、その日パス!」

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