ファースト・バイト

なんてもん、いつから日本でやり始めたんだ?
あの悪名高き「ほぼ発泡スチロールのウェディングケーキ」は
式場から姿をほぼ消したものの、それに代わる見せ場として
この欧米生まれの風習がこっちでも定着しつつあった。
だが「花嫁を一生食うに困らせない」
「花婿にこれから美味しい手料理を食べさせる」
などなどの意味があると言われているとはいえ
要は、公開「あ〜ん♪」だ。
それを公衆の面前で見せびらかしたいか?
それをご祝儀払ってまで見たいか!?

と、何で俺が勝手に憤っているかというと
まさしくその見たくもないものを見せつけられているわけで
何でそれを見せつけられているかというと
これも仕事のうちだ、シティーハンターのというよりは
「冴羽商事」の、というべきなんだろうが。
食費稼ぎに香が拾ってきたのは、結婚披露宴の数合わせ。
何でも肉親との縁が薄い身の上で、親類席に
相手と釣り合うほどの人数を呼ぶことができないというのだ。
似たような境遇の香はついついそれに同情してしまい
情報屋などの中から、身なりが堅気に見える連中で
人数を揃えて、この晴れの日に付き合わされているというわけだ。

「よくああいうこと人前で平気でできるわよねぇ」

と、相棒も同感だったらしく
聞き様によってはこの華燭の典そのものの意義を
ぶち壊しかねない暴言をさらりと吐いた。
幸い、俺たちは「親戚」という設定だからいわば末席
高砂席からは遠いところでその盛況ぶりを遠目に眺めているのだが
そこでは新郎新婦の友人がカメラや携帯片手に
口の周りをクリームだらけにした新郎に
ばしゃばしゃシャッターを切りまくっていた。
どうせやるなら思いきりパイをぶつけた方が盛り上がりそうなものを。

「まぁ、こういう場に俺たちを呼ぶようなやつだからな」

親戚を呼べないのであればそうと
相手に素直に打ち明ければいい
それができず、こうして金を払って
見栄を張りたい手合いなのだ。
晴れの舞台で自分の幸福ぶりを
無理をしてでも見せつけたくて当然なのだろう。

「でもあたしだったら絶対やだな」

だが香は違う。この極度の照れ屋には普段から
人前でいちゃつくという選択肢はあり得なかった。
手だって街中で繋がないほどだ。
俺もそういうあいつの性格をいいことに
いかにも女の好きそうなラヴラヴな態度というものを
香に対してとってこなかったが、それが案外
居心地が良いあたり、俺もそういうタイプではないのかもしれない。

「でもさ、昔だったら人前でキスするのだって
まずありえないことだったけど、最近じゃ普通に
街中でチュッチュしてるだろ?」
「ああ、確かに……そんなん一生に一度で充分なのに」

それは、俺たちのようなシャイな神経の持ち主であれば
羞恥プレイ、一種の罰ゲームだ。でも一方で
「ありえない」ことだからこそ非日常感をもたらし
ひいては儀式としての厳粛さを帯びてくるというものでもある。

「公開キスが恥ずかしくなくなったから
代わりにもっと恥ずかしいことが
必要になっちまったんじゃねぇの」

でも、その行きつく先にあるのは
「セレモニー」という名の羞恥プレイの氾濫とインフレ
そんなのにいちいち付き合っていられるか。

「だけど結婚披露宴って、要は『結婚しました』ってことを
いちいち関係者に伝える代わりに、全員まとめて一か所に呼んで
一度に済ますのが本来の目的みたいなもんでしょ?」

まぁ、それはそうだ。その際、口上として必要なのは
「伴侶を紹介させていただきます」
「今までありがとうございました」
「これからもよろしくお願いします」だけだ。
もちろんそれなりのおもてなしの意味を込めての
ご馳走ぐらいは必要になるだろうが
華美なドレスも演出も、本来は必要のないもの。
それが業界の「一生に一度の晴れの舞台」の甘言にそそのかされて
ゴンドラ&スモークこそ絶滅したものの
「幸福な自分たち」自慢の場に成り下がってはいないか。
それを心から祝福できる友人一同ならかまわないが
義理で出ざるを得ない連中なら、そんな自己陶酔に
付き合っていられるほど暇ではないのだ。

そんな、本来の意味に即した
「幸福自慢」に食傷することのない
誰もが打ち解けて心の底から祝福できる
そんな披露宴が今どき存在するだろうか……
と思ったとき、

「あの人のときなんてとっても良かったのに」

と、香が挙げた名前は、偶然にも
俺の思い浮かべたものと同じだった。

彼女はやはり俺たちの依頼人、といっても
30年前はもっこり美人であっただろうオールドミスだった。
(今でも素敵なマダムじゃない、とは香の弁)
それもそのはず、彼女はさる名門の一員で
莫大な財産の相続人でもあった。が、
理由あってその齢まで独身ではあったものの
ようやく運命の相手とやらに巡り合えたのだ。
だが、途端に身辺に危険が及ぶようになり
俺たちにガードを依頼してきたというのだが
捕まえてみれば黒幕は彼女の同族
そのまま独身のまま亡くなってくれれば
遺産がそっくりそのまま転がり込んでくるという続柄だった。
だが彼女に結婚されてしまうと、
もう子供こそ望める齢ではないが
彼女が夫より先に亡くなってしまえば
その夫が次の相続人となってしまう、だったら
独身のうちに死んでもらった方が……という
血を分けた身内にあるまじき動機だった。

トラブルにもようやく片がついた頃に手渡された招待状
仕事の締めくくりということで香と一緒に顔だけ出した。
お互いがいい齢ということもあり、華やかな衣装も無く
ウェディングケーキも、当然ファースト・バイトも無い
ただ気のおけない友人だけの、ごく打ち解けたパーティ
それだけで充分なはずだ、「結婚を披露する宴」としては。

幸福は、派手な形にして見せつけるものではない
ただあるがままのたたずまいの中に漂うもの
だからこそ、それを素直に祝うことができるのだ
「結婚」という幸福を信じる者も、信じない者でも。

「香、何ぼやっとしてるんだよ」
「えっ?」

と訝しむあいつに烏龍茶入りのピッチャーを手渡す。
俺の手にはビール瓶。

「これも『親戚』の仕事のうちだろ」

こっちはゲストよりむしろホスト寄り
招待客の間を回ってお酌して歩くのも役目だ。
ただ末席でふんぞり返って飲み食いしてるだけなら
偽物のメッキが剥がれかねない。
依頼人に恥をかかせないのが俺たちの一番の仕事なのだ。

派手婚、地味婚、有り婚、無し婚
結婚一つとっても十人十色
正式なのはできない俺たちにも一家言はある。
でも、ひとたび仕事となればそれは封じて
依頼人の期待に応える、それがプロってもんだろ?