健康のために死ねますか?

「はぁ、どうしたものかしら」

溜息。手には一枚の紙切れ。
目の前には昼間っからソファに寝転んで
のんびりくつろぐ我が家の宿六。

久しぶりに教授のところに顔を出し
ついでにかずえさんと話し込んでるうちに
「ああ、そういえば」と手渡されたのだ。
撩とあたしの、健康診断の結果表。

この仕事もある意味で身体が資本
健康を気にしてし過ぎるということはない。
ということで年に一回、教授のところで受けている。
まして二人ともいい齢だ
そろそろどこかしらガタがきてもおかしくないはず。

あたしは幸いにして年相応という数値だった。
たしかに理想的とはいえないものの
経年劣化は人間だって避けられないものだし
今すぐどうこうというほどは悪くはない。
これからも人並みに健康に気をつければ大丈夫だろう。

しかし――問題はもう一枚の方だった。
軒並み正常値をはみ出しているのだ。
特に肝臓系の数値はどれも要再検査
といっても本人は行く気ゼロだろうけど。
それ以外も、どれもまぁ不健康のオンパレードだ。

それもそのはず、普段の生活態度からして
運動不足以外は不摂生の塊のような男だ。
相変わらずの暴飲暴食、野菜はまぁ出せば食べるけど
本音を言えば大好物は血の滴るような厚切りステーキ。
夜の誘いは拒まず、毎晩のように歌舞伎町に繰り出しては
日付の変わるころにへべれけになって帰ってくることもしばしば。
それでも体形が昔と全く変わらないのは信じられないのだけど。
そして、未だにヘビースモーカー。

「――なんだよ」

あたしのジト目に気づいたのか
ソファにひっくりかえって気持ちよく咥えていた煙草の灰を
灰皿に落としながら、不機嫌そうに声をかけてきた。

「もうン十年も言われてるけど
俺はやめるつもりはないからな。
だいたい、ニコチンに殺やれるのと
鉛玉に殺られるのと
どっちが先か判らないだろ?」

――ああ、そうなのだ。
撩にとって、何より不健康の極みなのは
彼の背負うストレス、という言葉では
あまりにも軽々しすぎるほどの重荷、十字架。
その一見して享楽的な生活は
心のバランスを保つために必要不可欠なもの。
それを、健康の名のもとにすべて取り上げてしまったら
きっと彼の心と体は罪の重さだけで
潰れてしまうに違いなかった。
――撩を殺すのに、銃など必要ないだろう。

当の本人はというと、またソファに横になって
気持ちよさそうに、少し短くなった煙草をふかしている。
うららかなガラス越しの日差しを浴び
穏やかな表情で、少し目を細めながら。
煙草には気分転換やリラックス効果があるともいう。
それはニコチン中毒者だけの話であって
あたしも昔々、冗談ついでに撩が吸ってるのを
一度試してみたことがあったけど、あまり良いものでもなかった。
でも彼が、それで束の間の心の平安を得ている以上
それを奪う気にはなれなかった。
何より、その横顔に今もあたしは見惚れてしまっているのだから。