パートナー辞めますか、恋人辞めますか

依頼人が撩に惚れてしまうのは日常茶飯事だ
というか、そうならなかったケースの方を
数え上げていった方が簡単なくらい。
だからいちいち目くじらを立てていたら
神経がいくらあっても足りたものではないし
人間、慣れというのは恐ろしいもので
彼女たちの撩に向ける熱い視線を
冷ややかに眺める術をいつの間にか身につけていた。

でも、今回だけはなぜか心穏やかではいられなかった。

「寝ても覚めても冴羽さんのことしか
頭に浮かんでこないんです」

だから今回のこの事態も怖がる暇が無かったと。
後半だけ受け取れば
願ったり叶ったりではあるのだけど
そんな恋する乙女の常套句が
やけに頭に引っかかって仕方がなかった。

確かに、普通はそうなのだろう
誰かを好きになるということは。
四六時中、相手のことばかり考えてしまって
他のことなんてまるで手につかない、というような。
でも、あたしは撩に対してそこまで想えなかった。
あいつのことだけで胸がいっぱいになれたのは
文字どおり出逢ってすぐ、つまりは高校生の頃まで
今のあたしにはそこまで夢中になっている暇は無かった。
他にも考えなければならないことは山ほどある
今日のおかず、冴羽商事の経営状態
敵さんの出方、etc……。
そんな自分が後ろめたかったのだ。

「なぁに妬いてんだよ」
「やっ、妬いてなんか――」

依頼も大体の片がついて、残すは後始末だけとなった頃
久しぶりに二人きりになったタイミングで、撩に絡まれた。

「まぁ、彼女はカジテツのお嬢様だ
一日中惚れた男のことばかり考えていられる
結構なご身分ってわけだ」

そんな言葉も、今のあたしは卑屈に受け取ってしまう
すいませんね、あんた以外のことばっかり考えてて。

「それに、もしお前が俺のこと好き過ぎて
それで火薬の調合でも間違えようもんなら――」

口調は一切変わっていなかった
でも続く言葉はやけに冷徹に響いた。

「パートナー解消するからな」

そうだ、あたしたちは人の生命を預かっているのだ
味方も、そして敵のものも。
いくら好きで好きで仕方がなくても
それを忘れるわけにはいかない。
あたしたちはプロフェッショナルなのだから。

「じゃあ、あともう一仕事してきますか」

と撩はまた彼女のもとへ向かう。
あいつに残された最後の仕事は
ベタ惚れの彼女にうまく振られてくること。
それには撩熟練の手練手管が必要だ。

「行ってらっしゃい」

その背中を見送るのもいつものこと。
でもあいつは次の瞬間

「――ああ、忘れてた」

振り返ると

「おつかれ、香ちゃん」

とあたしの髪をわしゃわしゃと撫でて
それきりまた彼女の待つリビングへと行ってしまった。

――見透かされてた、か。

もちろん、この仕事は他のことに気を取られながら
できるほど生易しいものではない、特にあたしには。
でも、これがをくぐり抜ければきっと
撩によくやったって言ってもらえる、と
心の片隅に常に置いて支えにしてきたのだ
今回も、そして今までも。
それくらいないと、とてもじゃないけど
やっていられないじゃない。

「さぁて、こっちも撩のこと
ねぎらってあげないとね」

頭の中を占めたのは、今夜の二人分のメニューのことだった。