黄色いバナナの黒歴史

「あっ、安いじゃない」

とスーパーの野菜・果物売り場で
手に取ったのは1房のバナナ。
我が家には家でごろごろしては
しじゅう腹が減ったとのたまわく穀潰しがいる。
でもバナナだったらけっこう腹持ちがいいので
小腹程度だったら充分満たせるはず、と
見慣れたラベルの付いたそれを
買い物カゴに入れようとした。
青が基調の、いかにもラテンな美人が
頭上の籠の上に様々なフルーツを乗せている柄の。

「お、チ●ータじゃねぇか」

と、そのカゴを持たされている荷物持ちが言った。

「このバナナを作ってる会社の元の社名、知ってるか?」

そんなの急に訊かれても困ってしまう。
というか、このような農産物を「会社」が
生産しているというイメージがあまり湧かなかった。

「ユナイテッド・フルーツっていうんだけど」

その固有名詞には聞き覚えがあった。
でも、具体的なこと、それがあたしたちと
どういう関係にあるかは、まるで頭の中の
どこかに引っかかってしまったかのように
とっさには出てこなかった。

「アメリカ資本のフルーツ栽培会社で
かつては中米最大規模、いや、企業全体でも
中米最大と呼ばれたこともあった。
ある国では国土の大半を保有し
そこを広大なバナナ農園にして
現地の人間を低賃金で働かせていた。
当然反発はあった。だが彼らは国の上層部
政府や大金持ちや軍とも結託していた。
だから農地解放を訴えて国民の支持を集めた政治家も
クーデターであっけなく失脚させることもできた」

淡々と語られる言葉は決して撩にとって
遠い出来事ではなかったはずだ。
左翼ゲリラにとっては、祖国を喰いつくす白蟻
総ての黒幕、不倶戴天の敵。

「――まぁ、さすがに今は
そんなに悪どいことは
やってねぇだろうけどな」

そう言われても、あたしの眼には
青いドレスのボニータの笑みが
何とも上っ面なものに映るようになってしまった。

そもそもこの世に生きている以上
何かしらの形であたしたちは
他人の不幸に手を貸してしまっているのかもしれない。
きっと、この売り場に並ぶどのバナナを――
どの商品を選んでも、そこには不幸な歴史が
まとわりついているのかもしれないのだ。
だから、これだけが悪いとはいえない。
でも、あたしは目の前の撩を
あたしにとって世界で一番大切な人を
苦しめたかもしれないそれを、感情として
許すことはできなかった。

「いいのかよ、それ。安売り品だろ?」
「うん、いいの」

あたしは、そのバナナをカゴから戻さざるを得なかった。