嘆き

  愛せらるるは薔薇の花
  愛することは薔薇の棘……

たった4行しかない一編に目がとまった。
古びて紙も色褪せ、めくるたびに指先の脂が
吸われていきそうな古い詩集。
「勉強部屋」の書棚から見つけたものだった。

あいつが求めて手に入れたのか
人から貰ったものの中に混じっていたのか
それとも狭い団地の自室から
アニキが持ち出したものなのか、
ともかく、棚の一角にその本の居住を許した
撩の気持ちが知りたくて、ふと手に取った。
そしてミルク入りのコーヒーを傍らに
あいつのいないリビングで表紙を開いた。

他のどの言葉も、学の無いあたしにとって
右の目から入っていっては左の目から抜けていった。
ただ字だけを追って、次から次へと
ぱらぱらとめくっていったのだけど
このページだけは、次へと進むことができなかった。

――ううん、違う。あたしにとっては
愛することこそが薔薇の花
愛されることが、薔薇の棘。

愛するより愛される方が幸福だと思っていた
ずっと、撩に愛されるようになるまで。
確かに片想いは苦しかったかもしれない
どれだけの愛を捧げれば、それだけの見返りを得られるのか
どんなに好きでも、振り向いてはくれない撩のことを
何度諦めようと思ったか、数えきれないほどだった
――愛っていうのは、そういうものではないのに。

でもようやく想いが通じて
あたしの気持ちが、頑なな撩の心を動かして
初めて、そうではないと気づいた。
今、あたしは彼の想いの重さに押し潰されそうになっている。
あの撩に、きっとあたしを守るついでの
どさくさまぎれに死ねれば本望とでも思っていた撩に
「愛する者のために何が何でも生き延びる」
とすら言わしめてしまったのだ。
あたしのために、生き方さえ正反対に変えてしまった。
それと比べれば、あたしの捧げた愛など
取るに足らないものだろう。

撩は、とても大きな男だ。身も心も。
その撩の、ありったけの愛を
あたし一人が受け止めなければならないのだ。
……正直、少しばかり浮気して
その嵩を減らしてもらいたいとさえ思う。
いや、「浮気」は「浮気」、しょせん別腹
それで「本気」は少しも揺らぎはしないのだ。

それだけの大きな愛に、あたしは報いなければならない。
でも、あたしのありったけの愛ですら
それには足らないだろう。
きっと撩は、そんな見返りさえ
最初から望んでいないのかもしれない
そういう男なのだ、彼は。
でも、愛し返さずにはいられない
そうしなければあたしの気が済まないのだ。
なのに、ちっぽけなあたしにはそれも叶わない。

今思えば、片想いの方がずっと幸福だった
ただただ撩の広い背中に、一方的に勝手に
愛情を投げつけていればよかったのだから。
報われぬほろ苦さも、云わばスパイス。
何にも縛りつけられることなく、ただ一身に撩を愛せた。

でも今はどうだろう
今のあたしは、まるで薔薇の香しい蔓に
縛りつけられているかのよう。
もちろん薔薇には棘がある。
身動き一つとれず、それでももがこうとすれば
するほど棘が肌へと喰い込む。
もちろんそれは望んだ結果だったはずなのに――

――呪縛を振り払うように
ぱん、と音を立ててページを閉じた。