がんばれルーキー

「いらっしゃいま――あ、冴羽さんじゃないっすか」

意外な客が来たものだ、といってもここはキャバクラ
彼は「新宿の種馬」、当然の取り合わせだ。
が、ツケをため込んでいるのが香さんにばれて
歌舞伎町出入り禁止になっているというウワサ。
それくらい知っていて当然だ、黒服兼情報屋としては。

とはいえ、席に着く前に勘定の話をするのも野暮ってもの。
その辺はスルーするのも大人のルール、表面上は。

「あれ、今日カホちゃんは?」

ここのところ冴羽さんお気に入りのキャストだ。が、

「すいませーん、彼女今日は休みなんですよ
なんでも身内に不幸があったらしくて」
「その身内ってまさか『3人目のおばあちゃん』じゃないよな」
「でも代わりっていっちゃなんですが
他にもいい娘入ってるんで」

こうして黒服が勧める「いい娘」が
実際に「良い娘」なためしがない。
本当に「良い娘」だったらそんなことしなくても
自分でせっせと指名を取って、こんな時間帯に
お茶を挽いているということはないのだから。

「レナで〜す、初めましてぇ」
「へ〜、レナちゃんっていうんだぁ。
訊いていいかな、齢いくつぅ?」
「ハタチですぅ」
「そっか〜、偶然だなぁ。ボクも実はハタチなんだ〜」

彼女は指名がつかなくても仕方がない娘かもしれない
まだ入店してすぐで、せっせと名前を覚えてもらって
これから常連客を掴む段階なのだから。

「実はアタシ、昼間は大学行ってるんです
あ、でもよそで言っちゃだめですよ!
学校にバレたら大変なんで」

学業と両立させるために、費用対効果で一番割のいい
アルバイトということで、水商売を選んだ
云わば今どきの若い娘というわけだ。
なので、先輩方のようにこの商売で
一生食べていくという覚悟もなさそうだ。
時分の花というか、ここでは若いというだけで
ちやほやされるという側面もある。
もちろん続けたいのなら、それ以外の何かを
身につけなければ生きていけないのだけど
少なくとも卒業と同時で出ていくつもりなら
わざわざテクニックを学ぶというのも
努力の無駄遣いなのかもしれない。

「アタシ最近、ヨガにハマってるんですよぉ」
「へぇ、ヨガねぇ。って身体ぐにゃぐにゃにして
こんがらがりそうなポーズするやつ?」
「ヤダなぁ冴羽さんってイメージ古っ
そんなのアタシできないですよぉ。
それで通ってる教室がホットヨガっていって――」

その後レナは行きつけにしているというスムージーの店と
その影響で買ったばかりだというミキサーの話を続けていた。
冴羽さんは薄まったロックのグラスに口を付けながら
彼女のとりとめのない話を笑顔で耳を傾けていた。
――そろそろだ、と思ったとき

「あっ、アキラくん。撩来てるって?」

もちろん経済制裁中(の噂)の冴羽さんのことを
野放しにしておくほど歌舞伎町の人間は甘くない。
というか、基本的に香さんの味方なのだ。

「げっ、なんでおまぁが――」
「それはこっちのセリフよ! ったく
ミックをアリバイに利用したってムダですからね」
「あの金髪野郎、裏切ったな」
「かずえさんが、今日は二人でディナーですって
いいわねぇ、敏腕ジャーナリスト様は。
それに比べてうちの穀潰しは……ツケ増やすばっかで
今夜はいくら上積みしてきたのよ」

と、僕が持ってきた請求書に目を通す。
そしてテーブルの上と見比べた。

「えーっ、こんなにするのぉ?」
「今日はまだマシな方だよ、指名料ついてねぇんだから」
「あんた、お目当ての娘いないのになんでここいるのよ
そこで真っ直ぐ帰ってりゃ一銭も使わずに済んだのに。
ポ●キーもプリ●ツもうちにあるんだから」
「あのなぁ、この値段は酒とかつまみとかの値段じゃねぇの
こういう店でキレイなお姉さんが隣にいて
お酌して楽しくおしゃべりして、そういうの込み込みなの」
「まぁそりゃカホさんなら、あたしだって
それだけ高いお金払って一緒に飲むだけの
美人だと思うけど……気も利くし頭もいいし」

そうちらりと席のレナを見遣った。
指名料がつかないとはいえ、彼女がまだ
キャバクラの料金体系に見合うだけの
キャストだとは、黒服としても思えなかった。

一方で、二人の遣り取りを少し離れたところから
眺めていたレナが、ぼんやりと呟いた。

「……冴羽さんって、結構しゃべるんですね」

確かに、仕事をしながら気になっては見ていたものの
冴羽さんは、内心は興味は無かっただろうけど
レナのガールズトークをただただじっと聞くだけだった。
彼の普段を知らない人なら、そういう
無口な男性なんだと思うかもしれない。

でも、この店でいつも見せる顔は全くの正反対
今の丁々発止そのものだった。
そもそも冴羽さんお気に入りのカホだって
相手が誰であれ、たとえIT企業の花形社長でも
言うべきことは言う、ときにはソファに正座させて
お説教させかねない、ホステスらしからぬ直言タイプだ。
それゆえNo. 1争いには手が届かないが
その「毒舌」を拝聴したいという客も絶えない。
それに……彼女が実は尊敬してやまないのが
香さんだというのは、店の古株の公然の秘密である。
何しろ源氏名を漢字で書くと「香歩」
一字を頂いていると知らぬのは本人くらい。

「あたしもカホさんみたいな
愛される毒舌キャラめざします!」

さらに増えたツケに頭を下げて
香さんが冴羽さんを引きずって帰った後
レナは鼻息荒くそう宣言した。

「いや、レナちゃんはレナちゃんらしくで
いいんじゃないかな?」

確かにキャストとして不足があるのは認めるところだ。
かといって、自分に合わないもの
自分が持ち合わせていないものを
目指しても無理があるのは否めない。
もちろんまだまだ新人さん、彼女の個性が
これからどう花開くかは判らないのだけど。
少なくとも、香歩くらいになるまでには
大学卒業までの腰掛けでは短すぎるし
香さんほどの魅力のある女性となると
……ま、一生修行だな。