活躍したくない1/100,000,000

広げた夕刊の見出しに毒づいたのは
警視庁で「女性初」の肩書を
ことごとく掻っ攫っていった
変わらぬ美貌のエリートだった。

「なぁにが『一億総活躍』よ。
女だけじゃまだ飽き足らないっていうの?」

といっても、まさに彼女こそ
「女性活躍社会」の先駆けといえるはずなのに。

「わたしの場合は香さんがいてくれたからよ。
もちろん槇村の“女子力”が
高かったからってのもあるけど【苦笑】
でも、二人だけで家事と育児とお互いの仕事とじゃ
とてもじゃないけどどこかで炎上してたわ」

その分、仕事の手が空いたときは
こういうときにかぎって出不精な撩に代わって
ひかりも一緒にあちこち連れ出してくれて
あたしも本当に助かったのだけど、それでも
傍から見ていてアニキと冴子さんの多忙ぶりは
目を逸らしたくなってしまうほどのものだった。

「『活躍』ってのが昔のサラリーマンみたいに
残業当たり前で働いて、その上おしゃれして恋愛して
リア充満喫して、そして結婚して子供を産んでも
仕事を続けて子供と旦那の世話をして
それで年相応にキャリアアップして、なんていうんじゃ
とてもじゃないけどわたし、後輩の女の子に
『活躍なんてしなくていい』って言うしかないじゃない」

きっと、キャリア/ノンキャリ問わず
「野上先輩みたいになりたい!」と思う女性警察官は
今も数多くいることだろう。
ぱっと見「女豹」か「女狐」のふりして
実は面倒見のいい姐御肌なのだから。
その彼女がこう言うのだ、

「もうね、若い子たちに口を酸っぱくして言ってるのは
『わたしみたいになっちゃダメ』って。
世の中には『私もできたんだから
あなただってできる、甘えるな』なんて
上から目線の先輩女子っているけど
わたしはそうはなりたくないし、自分が今まで
歩いてきた道がどんなに危ない橋か
というかもはや綱渡りか、わたしが一番判ってるもの」
「だったら専業主婦は『活躍』してないの?
って言いたくなるわよね」

と口を挟んだのは、カウンターの向かいの美樹さんだった。

「まぁあたしはこの仕事が好きでやってるけど
でも旦那さまが自分のやるべきことに集中できるように
サポートするっていう『内助の功』だって
目には見えないけれど立派な“仕事”じゃない。
ねぇ香さん」
「え……あ、うん。まぁ……」

全く実力の上で互角の「対等」というよりは
お互いに役割分担ができている、という点で
あたしと撩の関係をそう捉えられることも多いけど
自分としては“内助の功”っていうより
ただ単にそれがパートナーとしての
あたしの“仕事”というか……

「でも、『活躍』っていってもねぇ……
みんながみんな、そんな大層な生き方
しなきゃいけないのかなぁ……」

そんなヒーローみたいな言葉とあたし自身の生き方が
どうしても結びつかなかった。こんな仕事をしていても。

「なんかそれって、『野球少年たるもの
プロを、メジャーを目指せ』っていうようなもんじゃない?
もちろん子供の頃ならいいけど、大人になって
確かにメジャーのグラウンドに立つことは
本人にとってもすごくわくわくすることかもしれない。
でも、たまの休みに友達と草野球で
ボールを追いかけるわくわくもあるはずなのに……」

それが正しい喩えなんだか、あたし自身も判らなかった
スイーパーなんてやってなければ、世の中の動きに
今ほど関心を持つことも無かっただろうから。
結局、あたしはそういう人間なのかもしれない
『活躍』なんて言葉とは無縁の、つつましやかな
ごくごく小さな幸福を終生大事に抱きしめているような。

「俺はしたかねぇな、活躍なんて」

隣の席の撩が出し抜けに口を開いた。

「俺たちが活躍しなきゃならないってことは
碌でもない事態ってことだろ?
だったら一生もっこりちゃんを追っかけてたいね
だろ?」

と同意を求めたのは、美樹さんではなくその隣。
海坊主さんはいつものように「フンっ」とだけ答える
同意と「お前と一緒にするな」をない交ぜにして。

「冴子ぉ、お前のとこも『税金ドロボウ』って
言われてるうちが華だぜ。ってまぁ
最近じゃ不祥事が絶えないけどな」
「放っといてよ、それはこっちの問題だもの」

何はともあれ、『活躍』なんて言葉は
自ら望むものじゃないのかもしれない。
それよりかは、あたしはこうして
他愛もない一日が明日も、明後日も
続くことを願っているのだから
……現金収入が無いのは死活問題だけど。

首相「1億総活躍社会の実現を」 第3次改造内閣が発足 :日本経済新聞