モンスター・パレード

ハロウィーンなんて海の向こうのお祭りだと思ったら
最近やけに急に日本でも定着した感じがある
まるで節分の恵方巻きみたいに。
もっとも、イベントごとに目の無い『夜の街』方面では
ミーハーな堅気が飛びつく前からすでに定番と化していた。
キャバクラなんかでも今夜は女の子たちはみんな
コスプレなのだそうだけど、撩の向かう先は二丁目『エロイカ』
どうせもっこりキャバ嬢の露出過多なアニメキャラ姿の方が
ヤツにはいいに決まっているけど、エロイカのハロウィーンは
行かないと「何をされるか判らない」のだそうだ。
おかげで、あたしまで連れ出されて。

そこのイベントはドレスコードとしては「平服も可」なのだけど
その代わり、ゲストに更衣室は用意されていないので
コスプレで行くとすれば家から着ていかなければならない。
でもそのハードルは年々下がってきているようで
こうして日もとっぷり暮れた新宿界隈は
普段とは打って変わって奇抜な格好をした面々が
街を闊歩していた。

あたしたちはというと、なんてことのないベージュのつなぎ
コスプレというより、ときどき「変装用」として
仕事で着たりするようなものなのだけど
背中には丸に斜線、そこから飛び出そうとしているような
全身白の何物かが描かれていた。
ゴースト(もどき)がうろちょろする店に
こんな格好で行くのも場違いなような気もするけど
「洒落が判らないようじゃハロウィーンの意味ないだろ」
というのは言い出しっぺの撩の弁。

でも、その撩も氾濫するコスプレの群れに
次第に表情を曇らせていった。しまいには
「プロトンパック背負ってくりゃかった」と言い出す始末。
まぁ、あたしもその気持ちは理解できた。
映画やゲームなどの判りやすいコスプレならまだいい
(セクシー系の女の子なんて、撩のやつ
ほいほい跡をくっついていこうとしてたし)
それが、本来のハロウィーン――モンスターや
グロテスク系――となると、夜の闇と相まって
扮装と判っていても思わずぎょっとなるのだ。
斧が頭にざっくり刺さったまんま歩いてるようなのもいたし
そこまで凝っていなくても、血糊系は見慣れている分
なおさら目を留めずにいられなくなる。

「今夜だけとはいえ、あんまりいい気がするもんじゃないわね」

両手にかぼちゃの煮付けのタッパー ――これが毎年
意外にもオネエさま方に評判がいいのだ――の包みを抱えながら
溜息をつくと、思いもよらず撩が

「いや、そうでもないぜ」

と言った。

「こいつら全員『自分は化け物です』って
カミングアウトして歩いてるようなもんだろ。
まだマシな方だって。想像してみろよ
普段の昼間のこの通りを」

言われたとおり、素直に今のホラーな光景に
見慣れたいつもの街の姿を重ね合わせてみる。

「普通の格好した人間が、その中にどす黒い化け物を抱えたまま
『自分は真っ当な人間です』って顔して、素知らぬふりで歩いてるんだ。
中にはその化け物にも気づかない奴だっている
そっちの方がよっぽどホラーだろ」

――こんな仕事をしていれば、しょっちゅうお目にかかる
スーツを着てネクタイを締めたモンスターに。
いったい、何の怪談話のオチだったろうか
お化けの類より生きている人間の方が
よっぽど恐ろしい、ってのは。

そのときふと、撩が前髪を掻き上げるような
仕草を見せたことが気になった。
その手のひらの下に隠れているのは、大きな傷跡。
それだけじゃない、揃いのつなぎの下にも
無数の傷跡が隠されているのだ、それだけで
彼が普通の人間ではない――『化け物』だと暴いてしまうような。
でもそれらを撩は隠して、普通の人間に紛れこの街に暮らしている。
――いや、撩だけが『化け物』じゃない
彼に手を汚させて、自分は無傷でのうのうと生きている
無数の『化け物』がいる。そして、あたしも――

「ま、だからたまにゃ素直に
『人間やめた』方が健康的ってことさ」

つまりは無礼講、ガス抜きってこと
だからといってゴミを散らかしたり、乱闘騒ぎは
NGだけど、人に迷惑をかけない分には
型にはまった自分を思いきり破ってみるのも悪くない。
どうせ人は誰しもモンスターを内に抱えているのだから。

「だから帰ったら、今夜は撩ちゃん
オオカミ男になっちゃおうかなぁ、わぉ〜ん♪」

――ドゴッ!
いや、こいつは年がら年中『怪物・性欲魔人』だった……