White Flag

「そういやお前、SNSの写真
トリコロールにしてるんだって?」

バーでのバカ話ついでに、そう元相棒が切り出した。
といっても良くも悪くも強引'g my wayなこいつに
他人の“リア充”なプライヴェートを
覗き見するような趣味はあるとは思えなかったのだが、

「俺じゃねぇよ、香がたまたま見つけたんだ」

そう言われれば腑に落ちる。
元々機械オンチのsweatheartだが
最近のPCは彼女でも操れるほど
ユーザーフレンドリーになったということか。

「よくもまぁ、いけしゃあしゃあと」

と不機嫌そうな顔でバーボンのグラスを呷る。
といってもリョウだってテロリストの肩を持つ気はないはず。
だがサードワールド育ちのヤツにとっては
より親近感を覚えるのは、突然の恐怖に怯えるパリジャンよりも
それ以前からずっと危険に晒されてきた中東の
名もなき人々の方である、というだけだ。

「仕方ないだろ、あれだって半分以上は
ビジネス上の情報発信&収集用だ。
ああしておかないと仲間内で何を言われるか」
「ミック、お前いつの間に日本に帰化したんだ?」
「What?」
「そういう『ムラシャカイ』とか『クウキヲヨム』だとか
一体いつからそんなつまらん奴に成り下がったんだよ」

それはリョウが完全なフリーランスだから言えるセリフなのだが
しかし正論で、おかげで二の句を接げないでいると、

「まっさかお前、10ヶ月前には
“Je suis Charlie”なんてほざいてなかったろうな」
「No way(まさか)! ああいうカエル野郎の
ブラックユーモアには全くヘドが出るよ。
フクシマのときだってそうさ」

その反応は在日20年超の、もはや「第二の祖国」
ということだけではない、人として普遍的なものからだったはず。

「でもだからって、いったい何の旗を
掲げりゃいいんだ? シリア国旗か?」

いや、それは違うはずだ。それは独裁者の旗
彼もまたテロリストと同様に
かの地で生きる無辜の市民を虐げる者。
じゃあいったい――、と内心頭を抱えながら
ふと、とある疑問がその片隅をよぎった。

「なぁリョウ、お前のところの部隊って旗はあったか?」

まともな軍隊だったら連隊ごとにさえ
エンブレムが定められている。
まぁ、貧乏反政府ゲリラがどうだったかは
オレの知る範囲外だが。
するとリョウは、途端に眉間にしわを寄せて

「知らん」

とだけ言い放った。

「Really(ほんとか)? 何か覚えてないのかよ
ケツァールとか」
「覚えてねぇよ。つーか思い出したくもないね。
てめぇだってそうだろ? 昔のファミリーのモットーなんざ
覚えてたって思い出したくもないだろ?」

なんて言われたら、またも何も言い返せない。
ただ、少なくともヤツは赤いスカーフをどこかに巻きつけて
銃を執っていたには違いないのだろうが。

だが、その人民の血の色の旗すらかなぐり捨てた
奴の心に、翻る旗は何色なのだろうか――

それは、白い旗。

何色にも染められる前の、
あらゆる色の光を混ぜ合わせた。

それは戦場では降伏の証かもしれない。
けれども、たとえ地に屈しても
その信じるものと誇りだけは決して奪われることのない
敗れざる負け犬たちの旗。

その旗はあらゆる主義主張を、民族を、信仰を超え
誰もがその胸に掲げ得る旗なのかもしれない。
いかなる国にも、勢力にも、神にも与しない
あの冴羽撩の旗でもあるのだから。

――そのとき、ヤツの懐からけたたましい音が鳴り響いた。

《リョオ! 今どこにいるの!?
まったく、ここんとこ開店休業状態なんだから
ツケばっか溜めてるようじゃ承知しないわよ!!》

と、愛しの君の怒鳴り声が
携帯電話のスピーカー越しに響き渡る。
もちろんスピーカーフォン設定になっているわけではない。

「へーへー、今から帰りますよ」

だなんて、孤高のスイーパーがなんてザマだ。
もちろんそれも仕方ない、ヤツが唯一
属しているといえるのは、カノジョの傍なのだから。
この街に、この国に根を張ったように見えるのも
ここがカオリが育ち、生き、愛する街だからでしかないのだ。
だからこそ、リョウもカノジョにだけは
『白旗』を上げざるを得ないのであって。

リョウが席を立つ前にすっとウォレットを抜く。
これでもQuick and Deadで
ヤツにヒケをとったことはないんでな。

「冴羽商事は開店休業状態なんだろ?」

これ以上ヤツのツケを増やして
カオリの悩みを深めることはオレの本意でもない。

悪ぃな、と口だけ動かして元相棒は店を後にした。
だがオゴリだとは一言もいっていない
コレはお前自身へのツケだからな、リョウ。

Facebook、プロフィール写真のフランス国旗化機能に「パリだけではない」の声も - ITmedia NEWS