worthy of Champion

あの冴羽撩に決闘を挑む者が現れた
というのは裏の世界ではもはや日常茶飯事。
だが、わざわざ見届け人を付けて、という
中世の騎士もかくやという古式ゆかしい
威風堂々たるやり方で、となると
近頃はあまり聞かなかったように思う。

でも、その「見届け人」に選んだのが
ファルコンという時点で、どこか彼自身も
訝しいものを感じたのかもしれない。
(もちろん視力は衰えてしまったとはいえ
残り四感を以てすればそれは彼なら
充分補えるのだけれども)
それゆえ、パートナーであるあたしも
彼の目の代わりとしてその場に付き随うこととなった。

決闘の場として指定されたのは、毎度毎度の廃工場
――長年の不況でこの手の物件は尽きることがない。
しかし――ファルコンの危惧したとおりだった
命知らずな挑戦者の姿はそこに無かった。
あるのは乱雑に散らかった――おそらくは
手つかずで残されていた、工場の機械だけ。
隣に立つファルコンには、暗い廃墟の中
この光景はおそらく見えていないだろうけれど
静けさの中の異様さはすでに感じているはずだ。

「おーい、いったいどーしたっていうんだよ。
撩ちゃんと一緒にあっそびっましょ♪」

ポケットに両手を突っ込んで
普段Cat'sで見せる態度そのままで
見えない敵に向かって声を張り上げる。
だが、聞こえてくるのは飄々とした声音の反響音だけ。

「――んっ!?」

そのとき、冴羽さんの目つきが変わった。
視線の先には、工場の奥
挑発するような小さな赤い光。

「おっにさっんこっちら、ってわけか」

そして、彼のブーツはコンクリートの地面を蹴った。

「リョオっ!!」

さっきまで彼の傍らに立っていた香さんが叫んだ。
彼の長躯が廃工場に躍った瞬間、一気に始まる集中砲火。
それはもはや鉄屑と化した機械の陰から放たれたものだが
あたしもファルコンも、その向こうに人の気配は
感じられなかった、誰一人として。

「センサー、だな」

それはあたしも同感だった。おそらくは赤外線
専用のスコープで見れば、この空間中に
まるでトラップのワイヤーのような赤い線が
張り巡らされているに違いない。
そして当然、それに「触れる」と
銃弾の雨が彼に向かって降り注ぐのだ。
これだけ何本もの射線が彼に向けられているとなると
遠隔操作というより自動的にプログラミングされたもの、
しかも性質の悪いことに、その銃口が向けられるのは
センサーの感知した箇所ではなく、着弾までの
タイムラグまで想定した地点なのだ。

「香ッ!絶対にそこを一歩も動くなッ!!」

これほどまでに寒気がするほど用意周到な
「悪魔の機械」を敵に回してとなると
冴羽さんでさえ蜂の巣になってもおかしくはなかった。
しかし彼は持ち前の身体能力で銃弾を掻い潜り
ときにトリッキーな動きで機械すら翻弄した。
そして、おびただしい銃声がぴたりと鳴りやんだ。
センサー地帯を抜けたに違いなかった。

「なんだ、ビデオカメラかよ」

彼はさっきの光源に辿り着いたようだ。
それは家庭用ムービーカメラのRECのサイン
そのカメラを、さっきまで彼が走り抜けてきた
空間へと放り投げれば、何本もの射線が
それを一瞬でプラスティック片へと変えた。
そして、彼はさらに奥――おそらくは工場時代に
事務室であったであろう小部屋の窓に銃口を向けた。

「鬼さんみーつけた。なぁ、そこにいるんだろ?」

その険を含んだ声に、一人の男が暗がりから姿を現した。
裏の世界の殺し屋というより、ギークという
呼び名が似合いそうな、細身の青年。

「なんで判った?」
「もしかしたらどこか別のところで
ドンパチを眺めてるかもとも思ったんだが、
やっぱこういうのは空気を震わす銃声と
何とも言えない硝煙の匂いも生で感じてこそだろ?」

そこ以上に安全な特等席があるかよ、と
言い放ちながら、彼のパイソンはずっと
青年の頭を指し示し続けていた。

「一応猶予はやる
丸腰の頭をぶち抜くのも寝覚めが悪いんでな。
これは中身はともあれ、尋常の決闘だ
警察沙汰にするつもりもない。
だが――すぐにこの場から失せろ
そして二度と俺たちに手出ししようと思うな。
さもなくば――」

――今度こそ、お前の生命は無い。

地を這うような低い声、というのはまさに
このことをいうのだろう。
男は怖気づいたように一歩、二歩と後ずさると
背中を向けて一気に逃げ去っていった。

「とんだ卑怯者にてこずったようだな」

ファルコンはいつものように、口髭の下の
口の端をにやりと引き上げた。

「まったく、才能の無駄遣いだよ」

冴羽さんはというと、さっきの挑戦者が尻尾を巻いて
逃げてしまったせいで、集中管制システムの
武装解除に悪戦苦闘しているようだ。
こればかりは彼すら専門外なのだから。

「にしてもまぁよくも凝ったことをしてくれるぜ」
「でもさすが冴羽さんね。あんな卑怯なやり口にも
敢えて正面突破で勝負に出るなんて」
「――美樹」

ファルコンに、声だけで制された。

「別に正々堂々とやろうと思ったわけじゃない。
この世界は負けるときは死ぬときだ
勝ち方にこだわろうなんぞ思っちゃいない。
どんな卑怯な手を使っても勝とうと、生きようとするさ。
そしてこれが、俺にとって一番得意なやり方だからな」

だろ?とファルコンに一瞥を送る。
サングラス越しではその表情に変化は無いけど
それは無言の同意ということだろう。
そして、あたしもそれは同じだった。

戦場というのは、この世で最もフェアな殺し合いの場
お互いが互いへの殺意を剥き出しにしてぶつかり合う。
それゆえ、そこで育った人間はどうしても
その戦い方から抜け出せなくなってしまうのだ。
たとえそれが時として分が悪いとしても。

「リョオー、なんだったらこの機械ごと
爆薬でぶっ潰しちゃうけどーっ!」

香さんは未だ、パートナーの言いつけを守って
工場の入り口付近から大声で叫ぶ。

「さっすが香ちゃん、用意がいいねぇ」

と、本人には聞こえないところでさらりと褒めるのは
ずるいといえばずるいのかもしれないけれど。

正面突破と奇襲戦術、どちらの方がハンディがあるかは
一目瞭然だ、たとえそれこそが切り札だとしても。
でもその不利を跳ね除けて、今もなお
No. 1の称号を手にし続けているのだ、彼は。
それこそが、冴羽撩が「最強の男」である所以なのだろう。

もちろんあたしにとって、「最高の男」は
ファルコン以外の他の誰でもないのだけど、ね♪

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