1991.12/Demon laughs

年の瀬も押し迫る頃となれば、歌舞伎町は
街全体が毎日忘年会といった様相を呈してくる。
そこのあの店この店に毎晩どこかしらから呼ばれて
年忘れの酒にありつくというのが年中行事だが
今年は少々様子が違った。
俺はというとそっちのけで、宴の主役の座は
今年この街の仲間に加わったブロンド野郎に
ことごとく持って行かれてしまったのだ。
まぁそれだって物珍しさゆえ、来年こそは
この『新宿の種馬』が不夜城の帝王の栄冠を
奪還しているであろうことは言うまでもないこと。

とはいえ、昨日も今日もハシゴ酒
何やかやで……n次会として俺たちが行き着いたのは
もう常連すら家路についた後のショットバー
そこで俺とミック、そしてマスターも付き合わせて
何が哀しうての男三人、ちびりちびりとやっていたところ

「なぁリョウ。お前、来年の抱負は?」

そう唐突に切り出されたものだから、思わず
オンザロックの氷を口に入れそうになっちまったじゃないか。
まさか、あいつの口から――自分の知っているかぎりでは
俺と同類の、明日のことは考えない
今だけ楽しけりゃIt's alright!の刹那主義者だったはず。
それが、堅気の仕事についてしまえば考え方も
やはり堅気になってしまうものなのか、それとも
所帯を持つとそうも言っていられなくなるものか
――やっぱり、結婚は人生の墓場だと思ったね
たとえ当の本人は躍起になって否定したとしても。

「まずはミック、お前からだろ」
「オレかい? 決まってるだろ
まずはジャーナリストとして一人前になることさ。
いくらその道では世界で一、二を争っていても
この世界じゃ遅れてきたルーキーだからな」

と、やけに殊勝なことをぬかしやがる。
それだけ奴も必死だということだろうか
20年近くそれ一本で食ってきた仕事を取り上げられ
嫌でも新たな道を切り開かなければならないのだから。

「ようやく初めての原稿が載ったと思ったら
原型が残らないくらいにエディターに手直しされてやんの。
じゃあいったいオレが書くイミがあったのかよ」

そうよよと嘘泣きじみた仕草でおどけるが
案外それは奴一流の強がりなのかもしれない。

「まぁ、その点オマエは単純だよな
まずはカオリと一発」

ぶっっ!

今度は決して安物ではないバーボンを
思いきり吹き出してしまった。

「――まだなんだろう?リョウ
オレの眼は――いや
オレたちの眼はごまかせないぜ」

そう、海坊主の結婚式からはすでに1ヶ月が経っていた。
だがそこからでさえ一歩を踏み出せないままだった。

「ったく、あんな絶好のタイミング逃したりするか?
あれほどのオゼンダテなんて、来年一年
有るか無いかだぞ、判ってんのかリョウ」

あーもー判ってるって、耳が痛い
せっかくの酒が不味くなる。

「だいたいオマエってばいっつもそうなんだよな
シゴトじゃいつも百発百中のクセして
それ以外じゃ間が悪いっていうか、
カオリとオレが決闘したときだって――」

じゃあそれ以外のどこで俺が間を外したっていうんだ、
と突っかかったらガキの喧嘩になりそうなので
ここは大人しくぐっと呑み込んでおくが、それと一緒に
何やら苦いものが胃の腑の中に広がる。

「判ったよっ、たく」

ああ、やってやるったらヤってやるさ
期限は365日もあるんだ、この冴羽撩が
本気になったら陥せない女はいないさ、たぶん。
するとミックはうってかわって、満足げに
にやにやと笑みを浮かべていた。

「なぁリョウ、日本のコトワザでは
『ライネンのハナシをするとオニが笑う』
って言うんだってなぁ」
「なんだよ、今度は」
「それってさ、ライネンこそはって言ってるんだったら
年が明ける前の今からやれってイミかもな」

カウンターの向かいのマスターも、店じまいに
グラスを磨きながら、同意したように
口元に笑みを浮かべていた。
――ハメられた、と気づいても後の祭り。

「よくそんな言葉知ってんな」
「今はコレがオレのマグナムだからな」

確かに、ジャーナリストにとっては
一つひとつの言葉が銃弾に匹敵する。

「make hay while the sun shines(善は急げ)
とも言うしな。ああ、あと『明日やろうは馬鹿野郎』」
「なんだそりゃ」
「会社のデスクのクチグセ。カレに言わせりゃ
『来年やろう』は愚の骨頂だろうな」

一方で、俺の育ったところには
Hasta manana(明日があるさ)という言葉がある。
そうやってのらりくらりと先送りする
ラテン系の適当さは、エコノミック・アニマルの
日本人にしてみれば、まさしく『馬鹿野郎』なのだろう。

「だから、まずは年内に一発!」

もうだいぶ酔っているのだろう
そうやって無責任に俺を焚きつける。

「だいたいお前、つい半年前まで
香のケツ追っかけてなかったか?」
「だからだよ。オマエがケリつけてくれないと
ココロおきなくカズエと一緒になれないだろ?」
「踏ん切りくらい自分でつけやがれ、この優柔不断が」
「そのコトバ、そっくりそのままオマエに返してやる。
いいな、まずは帰ったらすぐだぞ!」

そう言われたってなぁ……
当然、帰りは午前様。にもかかわらず
いつものようにリビングで寝入りながら
待っていた香に優しく――なんてできるわけないだろうが。