prophetic dream

「どうしたんだ撩、朝からそんな顔して
昨夜は飲み過ぎたか?」

と、朝も早よから“出勤”してきた相棒に
たしなめられるのはいつものこと。
ただ、不快感の理由だけはいつもと違っていた。

「違わい。夢見が悪かっただけだ」
「夢だって?」

いつも冷静沈着というか何があっても
表情一つ変えない槇村が、珍しく
興味を惹かれた、という顔つきになった。
インスタントのコーヒーを未だ寝起き姿の俺の前に置くと
ご相伴のマグカップを手にしながら、奴は
俺の向かいのベンチに腰を下ろす。

「ああ。それがなんつーか
意味不明というか、はっきりしないというか……」

まぁ夢というものは大体がそんなものだろう
理屈では割り切れないもやもやとした印象を含めて。
だがそれを割り切れないまま腹に収めようとすれば
芯の残る飯を掻き込んだ後のような違和感が残った。

「預かってた猫を返さなきゃならないのに
どうしてもお前のところに辿り着けないんだよ」
「俺は猫なんか飼ってないぞ」
「知ってる」

ついでに、お前の住んでいる団地は
ペット禁止ということもな。
よくあることだが、夢の中だと
そもそもの前提条件が現実と
まるで違ったりする。俺だって
なぜか両親が揃っている夢を見たこともある。

「俺の家だって知ってるだろ」

ああ、滅多に寄りつくことはないが。

「でもどうしてもそこに行けねぇんだよ」

道を忘れてしまったのか、それとも夢の中では
知っているはずの道がどこか別の場所に続いていたのか
ともかくディテールはもう忘れてしまったが
ただただ絶望的な焦りだけがはっきりと記憶に残っていた
――たかが猫一匹のはずなのに、それが
そのときの俺にとっては重大な至上命題であるかのように。

「なぜか高校に出ちまうしさ」
「高校?」

奴の声に微かな険が混じった。
それが何を意味するかは無意識の領域
つまり俺の意志の範疇外だ。
だから理由を訊かれても答えられるはずがない。

――夢というのは詩のようなものだ
と言っていたのは誰だったろうか。
意識の下に押し殺した、決して表立って言い表せないことを
比喩とレトリックを駆使して幻想的な形にしてみせる。
だが、それがあまりに幻想的かつ芸術的であるからこそ
解読し、理解しようとすれば泥沼にはまることとなる。
ならばこの幻想世界を、ありのまま受け止め
そして愉しめということか……

「で、猫は無事返せたのか?」
「それが思い出せねぇんだ」

そのとき、俺はこの夢の話を
相棒に伝えたことを後悔した。
夢なんてのはたとえ相当な悪夢であっても
目が覚めればそこにある現実にかき消されて
記憶にも残らなくなるもの、
夢を見たということそれ自体さえも。
だが、こうして誰かに話してしまえば
伝聞形の物語という形ではあるが
相手の記憶の中に刻まれてしまう。
きっと槇村のことだ、俺以上に鮮明に。
言わなければ、もう俺すら思い出せなくなって
消えてしまうはずの幻に過ぎなかったのに。

「――そうか。ところでずっと気になってたんだが」
「なんだよ」
「その猫、どんな柄だったんだ?」
「……子猫だったよ。赤毛のトラ猫」

そのとき、相棒の表情が曇った理由は
俺には見当もつかなかった。