keep on Changes

レコード屋の店先には「全米チャートNo.1」との触れ込みとともに
真っ黒な星がひときわ大きく貼り出されていた、まるで喪章のように。
――死せるスター、生けるファンを走らす、か。
いや、敗走させられたのはそんじょそこらの
ぽっと出の自称スターかもしれないが。

「ああ、そういえば絵梨子ったら
ここのところ仕事どころじゃないって言ってたなぁ」

隣を歩く香がそう呟いた。
少々まとまった報酬が入って、久々に
駅前のデパートでショッピングなんて昼下がり。

「こないだなんか電話口で泣いてたもの
『ジギーは元の星に帰ったんだ』って」

まぁ、男を見る眼の基準が一にも二にも
まずファッション、という相棒の親友が
彼のファンだったというのは意外ではなかった。

「デヴィッド・ボウイとジュリーが
絵梨子のアイドルだったもんなぁ。周りが
トシちゃんだマッチだって言ってた頃から」
「へぇ、なるほどねぇ」

話題とは裏腹に、俺たちは店が連なる廊下を歩き続ける。
靴屋の前を通り抜け、バッグ屋の前を過ぎ
マネキンの挨拶は無視を決め込んで。

「もっとも、ジュリーの方は最近じゃ
『生きながらにして葬った』って言ってたけど」

と苦笑いを浮かべる。それも仕方あるまい
陳腐な言い方だが、時の流れは残酷だ
誰もが皆平等に年老い、衰える。
俺も全盛期はリアルタイムでは知らないが
あの妖艶な美貌と大胆なファッションの
まさに「和製デビッド・ボウイ」が
今や……という姿を見て、どこかほっとしたものだ
彼もやはり生身の人間だったのだと。

それに比べてボウイの何と変わらなかったことか
やはり彼は宇宙人だったのかと思うほどに。

「っていっても俺たちも言えた義理じゃないけどなぁ」
「でも何年か前のCMで見たけど
今でも全然かっこよかったもん、ううん
今の方がずっとかっこよかった」
「今って、10年くらい前だろうが」

たぶん、それは俺も見たことがあるものだろう。
家のあちこちにぎらぎらと飾り立てた
かつての自分自身の姿が屯する中
金髪の、飾り気のない痩身の壮年の男が
その横を軽やかに通り過ぎていく。

「正直『ジギー・スターダスト』の頃より
金髪になってからの方が好きだったんだよね」
「『Let's Dance』とか?」
「そうそう!」

んなことうちの向かいのブロンド野郎の前では絶対言うなよ
勘違いして図に乗るのは間違いないから。
とはいえ、絵梨子さんほどアート路線ではなかったにせよ
男の好みが俺を除けば「長身で細身の中性的な美男子」なのだから
世代としても彼がストライクゾーンだったのは想像に難くなかった。
中性的といっても「男の子」には興味が無く
むしろ「男の人」がタイプのようならなおさら。

「それが年齢を重ねるにつれて渋みを増してって
でもあの頃と変わらない華もあって――って最高じゃない!」

とエスカレーターですっかり上の空だ。おいおい
それじゃ下の階に着いたら巻き込まれちまうぞ。
俺の心配をよそに、香は踏み板の上に置いた袋を持ち上げ
何事も無かったようにフロアへと降り立った。
そのとき、俺の頭の中をよぎっていったのは
件の、題名どおりのダンサブルな彼の代表曲ではなく

――Ch-ch-ch-ch-changes
 (Turn and face the strange)

「リョオ!」

ああ、巻き込まれるのは俺の方になるところだった。
慌ててあいつの後に続く。

彼のイメージには不似合いな、シンプルで親しみやすいサウンド
同じくストレートなようでいて、実は底の深い歌詞。
意外なことにジギー・スターダストになる前にもかかわらず
その歌はその後の彼の一生そのものを貫いているかのようだった。

彼は変わらなかったのではない
変わり続けたのだ、デヴィッド・ボウイであり続けるために。

時は俺たちを変えてしまう。それが流れ続ける以上
何もせずただ佇んでいれば、確実に押し流されてしまう。
その場に留まり続けるためには、全力で走り続けるしかない――
ルイス・キャロルの慧眼には今さらながら恐れ入る。
俺たちもいわば走り続けてきたのだから
変わらず共にあり続けるために、少しずつその絆を変えながら。

今日の成果を抱えて、店を後にし街へ出る。
ショーウィンドウに映る俺たちの姿を横目で見やる。
――俺たちもまた、変わり続けることができているだろうか
そして、変わらないままでいられているだろうか。

――今の方がずっとかっこよかった
――年齢を重ねるにつれて渋みを増してって
 でもあの頃と変わらない華もあって……

(やっぱりあんたにゃ敵わない、か)

もう一度言う、時の流れは残酷だ。
最後にはあらゆる人間をその渦の中に飲み込んでしまう。
デヴィッド・ロバート・ヘイウッド・ジョーンズもまた
そこに消えていった一人だ。彼は言う
時は自分を変えていくけれども、時間を遡ることはできないと。
だが、その流れを逆に辿ることはできなくとも
それに抗い、その場に留まり続けることなら人間の力でもできる。
もちろんそれには並大抵でない努力が求められるが
そうやって、デヴィッド・ボウイという偶像は
文字どおり『永遠のロックの貴公子』として
これからも生き続けるだろう、それを聴く者の胸の中に
その変わり続けたがゆえに変わらぬ姿とともに。

その彼の姿は、俺の記憶の中にも刻まれている
かつての颯爽とした姿を少しだけ意識して
変わることのない後ろ姿を追いかけた。

デヴィッド・ボウイさん、遺作アルバムでついに全米首位達成 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News