SKULL LEADER

平日も休日も、正直なところ
この店には関係なかったりする。
もちろん客層は異なってくるけれども
「いつもの面々」に関して言えば相変わらずで
もっとも、その半数以上がカレンダーどおりには
いかない仕事というのもあるけれども。

一方、カレンダーに雁字搦めに縛られている
オレたち学生連中も混じって、カウンターは日曜の今日も
常連組が和気藹々と固めていた。
そこに常連がもう一人。

「あら秀弥くん、いらっしゃい」

母さんの声に暖かく出迎えられた幼馴染みは
まだ外の寒さを引きずっているかのように肩をすくめていた。
確かにそうしていれば、フードの内側のボアに
顔が埋もれる格好になるので、そのふわふわとした感触に
多少なりとも寒さを忘れられるに違いない。

「コート脱いだら?」

と、それを着たままカウンター席に就こうとする秀弥に声を掛ける。
と同時にオレにハンガーを持ってくるよう目配せをして。
当然ながら、店では暖房をケチるようなことはしていない
省エネ&節約を心がけながらも、寒い外から入ってきたお客さんに
ほっとしてもらえるだけの室温に設定してある。だが秀弥は

「あ、いいよ。コーヒー1杯だけ飲んだら
すぐ出るから。じゃあいつもの」

と言うと、隣に座るひかりに視線を送った。
彼女はバツの悪そうな顔でぷいと横を向いてしまった。

「そう? ゆっくりしてってよ」

と、ここまでは一見していつもどおりの遣り取りだ。
だが彼のいつもとの違いに最初に気づいたのは
――こういうことにかけては仲間内では一番だろう――
スツールに腰掛けていたミックだった。

「Hey, boy. Where did you bought that coat
(どこでそのコートを買ったんだい)?」

秀弥が今身につけているのは、フード付きのナイロンの
中綿のショートコートで、そのフードの縁にはファーが付いていて……
と一つひとつディテールを説明するのもまどろっこしい
一言でいえば、いわゆるNB‐3フライトジャケットだった。
それは極寒地仕様の地上勤務用として開発されたもの
だから、ちょうど一年で一番寒いこの時期にはもってこいだろう。

「あんまり見ないタイプだからね」

でもミリタリーもファッションのうちの近頃では
NB−3も冬場の定番だ。だが街でよく見かけるのは
一番はいかにも軍もののオリーブグリーン、その次がせいぜい黒で
秀弥が着ているような黒に近い濃紺というのは
確かにあまり見ない色ではある。そして、それ以上に
そのコートと他の類似品との違いを際立たせているのは
左胸に入った、海賊旗のような骸骨のワッペン。

「さぁ、古着屋で買ったから詳しいことはよく判らないけど」
「How much is it?」
「うーん、1万はしなかったかな」

軍物レプリカの新品なら、その2〜3倍はする。

「ねぇ鴻人、これ、どこの部隊のやつ?」

ひかりまでコート談義に首を突っ込んできた。
実際の軍物なら、胸や腕についているワッペンの柄で
所属部隊などが判るのだが、

「悪ぃ、空軍さんは専門外」
「えー、前にあたしが着てたジャケット
ドイツの軍物だって言ってたじゃん」

そりゃあ陸軍だったら判って当然
肩に黒と赤と金の三色旗があればなおさら【笑】
もっとも、あれがなくても細身の、シンプルながら
よその軍隊とは違うカッコよさは一目瞭然なのだけど。

「でも鴻人もあれと同じようなコート持ってたじゃない」
「母さん……あれはM65、アーミーだって」

実際に軍服を着ていた人とは思えない言葉に耳を疑った。
オレが普段私服用に着ているのは、色とフードのファーこそ
似ているものの陸軍ものだ。といっても
母さんが転戦していたのはおそらく
防寒着とは無縁のとこばかりだったのだろう。

そのスカルのワッペンがどこの所属を表しているのかは
寡聞にして俺には判らなかった。けれども一つ言えるのは
その柄が秀弥のキャラクターに
やけに似合いすぎているということだった。

確かにこうして喫茶店でコーヒーをすすっている様は
どこにでもいる10代の少年だろう。
だが、その細身の体つきと、男にしては色白な肌
それとの対比が印象的な手触りの良さそうな黒髪
そして――ときに「その筋」の大人でさえ気圧すほどの
刃のような鋭い眼差し。それら総てがまるで
黒地に白の頭蓋骨のワッペンと共振しているかに思えた。
あたかもそれが『死神のコート』であるかのように。

「――なんだよ、ひぃ。じろじろと」
「それ、あったかそうだなぁって」
「着てみるか?」

と、ようやく秀弥がコートを脱ぐと
隣の席の彼女の肩にそれを掛けてやった。
一瞬、ミックの眼の色が変わった。
ジェイクがこの場にいたら発狂せんばかりだったろうが
幸い今日は教授のところで機械いじりに専念中。

「あー、やっぱりあったかーい」

そりゃそうだろ、とこの場にいる全員が思ったはずだ
それは純粋にコートの保温性能ではなく
さっきまで着ていた秀弥の体温に他ならないのだから。

「いーなー、あたしも買うかなぁ」
「頼むから同じ形のはやめてくれよ」
「えー、いーじゃん」
「つか持ってるだろ、ダウンジャケット」
「あれ丈短いからおしりが寒くて」

その『死神』が真顔でデレる相手はひかりだけなのだけど。

「じゃあそろそろ特訓行くぞ」

そう秀弥はコートを彼女からひったくった。

「ごめん、その前にトイレ」
「早くしろよ」

ひかりがその場から消えたのを見計らって
母さんが、彼女の反対隣りにいたその保護者に顔を近づけた。

「香さん、特訓って?」

その言葉に少々不穏なものを感じたのは
オレだけではなかったようだ。でも香さんは
その言葉とは対照的な笑顔を浮かべて、

「ああ、数学のよ」

と不安を思いきり吹き飛ばした。

「こないだの実力テストが壊滅的で
秀弥くんにマンツーマンレッスンをお願いしたってわけ」

ああ、それはオレも酷いものだったけれど
ひかりがポーカーフェイスを装いながらも
相当ショックを受けていた様子は
同じクラスだからはっきりと判った。

「でも、ここでやればいいじゃない」

確かに、オレたちも店のボックス席で
宿題を広げるのは放課後のよくある風景だが、

「ここだと誘惑が多いっていうんで
これから図書館だって」

まぁ、それもそうだ。ここはひかりや香さんにとっても
第2のリビングみたいなもの。そんな場所では
ついついくつろいでしまって
集中して勉強という気分にはなれないだろう。

「お待たせ〜」

とひかりは、教科書やら参考書やらが
入っているであろうリュックを片肩にかけて
出る準備は整えていた。

「じゃあ行くかひよっこ。遅れるなよ」
「誰がひよっこだ!」

秀弥もバッグを持ち上げ、席を立った。
そして初めてこちら側に背中を向けたとき
目に入ったのは、背中の大きな髑髏。
その傍らに嬉しそうに付き随うひかりの後ろ姿に
一抹の不安を覚えたのは、オレだけだっただろうか。

「超時空要塞マクロス」、ロイ・フォッカー仕様のN-3Bジャケットがコスパから! 限定100着 - アキバ総研