behind your smile

外から聞こえるのは時折車の通る音くらい
静かな部屋に、ただチクタクと秒針の音だけが響く。
その出元を見遣る。すでに「草木も眠る丑三つ時」を過ぎていた。
「眠らない街新宿・歌舞伎町」とはいえもうこの時間では
大抵の店はすでに閉まっているというのを知らないほど
あたしももう子供ではない。
けれども、まだ撩は帰ってこない。

この場合、考えられる可能性としては
酔っぱらって道端で引っくり返っているか
あたしには言えない裏の仕事か
女とどこかにしけこんでいるか。
でもこの時期、まず最初のは選択肢から外すことができるだろう
一年で最も冷え込む季節、「寝たら死ぬ」というのは
何も雪山だけではないはず。そのくらいのことは
プロのスイーパーとしてあいつが判っていないはずがない。
なら、仕事か――女か。

深夜番組のノリにはついていけそうにない夜
ただ何もせずにじっと帰りを待つだけでは
脳裏に浮かぶのは、一番そうあってほしくないこと。
それを打ち消そうと必死で否定材料を探すが
……思い浮かぶのは逆に根拠となることばかり。
いったいどれだけ日頃の行いが悪すぎるやら――

遠くからパトカーのサイレンが聞こえた。
方角からして、これから歌舞伎町へと向かうものか。
あたしは心から願った、撩が今
せめてあたしの知らない女と一緒にいることを。

今となっては、撩があたしを差し置いて
他の女とイイコトをしていることを
大っぴらに責められる立場になったといえる。
でもあたしはそうしようとは思えなかった。
確かに撩は、前よりもあたしに優しくなった。
いつものように並んで街を歩くときでも
前よりも距離感が近くなったような気もする。
にもかかわらず、通りを美人が横切れば
あいつの視線はそっちに奪われてしまう
これはもう条件反射だ、と割り切るしかない。

男というのは本能においてはそういうものなのだろう。
もちろんアニキや海坊主さんみたいに
理性でそれを抑えている男性の方が大多数のはずだ。
でもあいつは本能だけで生きているようなやつなので
仕方がない、と最近では諦めることにした。
それが一気にあたし一人に向かったら――くわばらくわばら。

でも一方で、撩の本業はスイーパー
――人間の屑を始末する『掃除屋』
決して美女専門のボディーガードなどではない。
そして、その本業を今でも遂行していることに
気づけないほど、もう浅い仲ではないのだ。

今夜は新月――闇に紛れて罪を犯すにはこの上ない夜。

撩の仕事を責めるつもりはない。
いつか言っていた、「世の中にはこんな男が必要なのさ」と
誰かに代わってその手を穢す、撩にしか果たせない使命。
でも――判っている、あなたも人間なんだということ
狙いを定めて銃爪を引くたびに、心の中の良心が
悲鳴を上げているということを。
いつも思っているに違いない、できることなら
誰の生命も奪わずに事を終わらせたいと。
でも撩が銃を向けるということは
それしか道はもう残されていないということ。
誰かを一人――たとえ悪党でも――殺せば
そのたびに撩の中で大切なものが一つ
小さな音を立てて壊れてしまうにもかかわらず。

だからせめて、その痛みを引き受けたいのに
あなたはそれを億尾にも出そうとしない。
何事も無かったかのように、いつもの放埓を装って
硝煙の匂いも酒と女のそれに紛らわせてしまう。
だから信じきれないのだ
信じたいのに、パートナーなのに
それは、あたしを信じてないってこと?
女として裏切られるより、それはあたしにとって
何十倍も何百倍も辛いことなのに――

「――たっだいまぁ〜」

と酔ったような足取りと浮かれた、呂律の回らない口調で
撩は挨拶もそこそこに、ソファの手前でどさりとくずおれた。

「なにおまぁ、まだ起きてたのかよ
夜更かしはお肌の大敵よん♪」
「何言ってんのよ。何時になっても
あんたが帰ってくるまであたしは待ってますからね」

すると、あたしま〜つ〜わ、いつまでもま〜つ〜わ、と
昔懐かしい歌を調子っぱずれで口ずさみながら
這いつくばってソファまで辿り着き
そこに仰向けにひっくりかえった。そして、

「かおりちゃ〜ん、みずぅ」
「はいはい」

立ち上がったついでに、カーテンの隙間に目を向けた。
ほのかに明るんでいるようだが
朝帰りとカウントするには微妙なところだ。
コップの水を手渡そうとすれば、わざわざ確かめなくても
安っぽい女の匂いが鼻をついた。おそらくは
隣に座って飲んだくらいで付く程度ではない。
シャワーくらい浴びたらどうなのよ、と内心毒づきつつ
その奥に血と硝煙の匂いが感じられないことに
ほっと胸を撫で下ろした、あたしの知らないところで
撩が罪を重ねてきたわけではないことに。

「お風呂入ったら? 少しは酔いが醒めるわよ」
「えー、やだ〜」

と子供のように駄々をこねる。まぁ確かに
この状況で一人で風呂に入れたら溺れかねなさそうだ。

「あっそうだ。カオリ〜ン、一緒に入ろうよぉ」

そう鼻の下の伸びた緩み切った表情は
本能丸出しで生きているもっこりスケベそのもので
――その笑顔の下に何も隠されていないことを
あたしは願わずにはいられなかった。

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