友を選ばば……

「りょう、おい撩」

誰だ、こっちは気持ちよくお休み中だというのに
こうして肩を揺さぶる手が美人の
白魚のようなそれならまだしも、少々華奢とはいえ
感触は明らかに男ものだ、見なくても判る。
そしてその声も、鈴を転がすようなソプラノではなく
陰気なバリトン。起きてやる気がしねぇ。

「おい撩っ!」

すると奴は一気に強硬手段に出た。
ただでさえお布団の恋しい季節、それは
冷え込む朝だけとは限らないはずだ。

「さみーじゃねーかよ!」
「そんな格好で寝ているのが悪いんだろう
とりあえず下だけは穿いとけ」

と視線だけは外しながら、外気同様に冷たく言い放つ。
ようやく俺がトランクスを穿くと
カーテンを一気に開け放った。

「せめて昼前には起きろと何度も言っただろうが」

といっても、時計が指しているのは
正午をせいぜい15分ばかり過ぎた程度。

「もったいないと思わないか?」
「何がだよ」
「太陽の光さ。外はこんなに明るいのに
カーテンを閉め切って、その代わり夜遅くまで起きて
結局電気を煌々と点けっぱなしじゃ、電気代も無駄だ」

そうは言っても俺の場合、夜はネオンの灯りの下
その間ここは真っ暗だ。それにわざわざこいつに
この部屋の電気代のことまで心配される筋合いはない。

こいつ――槇村はつい最近知り合った刑事だ。
まだ若く、齢は俺と同じくらいだろうが
所帯じみているというか世話焼きというか
性格はまぁ俺と正反対。一応、仕事上では
持ちつ持たれつの付き合いはしてはいるが、それのみならず
こうして殺風景なこのアパートに上がり込んでは
何くれなく面倒を見ようとするのが迷惑というか。

「ちゃんと飯も食ってるのか?
酒ばかりじゃ栄養失調になるぞ。
簡単なものだが下に用意してあるから」

ほらな。

「ん、なんか言ったか?」
「別にぃ」
「どうせ小言幸兵衛だとか思ってるんだろ」
「なんだそりゃ」
「……ああ、お前には落語の話は通じんか」

と言ってバターを塗ったパンを差し出す。
見渡せば周りが少しこざっぱりしているようだ。

「ああ、部屋を片づけさせてもらった」
「勝手に物の位置変えんじゃねぇよ」
「あれじゃどこに何があるか判らないだろ」
「判るんだよ俺には」

と言ったところで議論は平行線だろう。
それくらい判る程度には付き合いは短くない。

「なあ撩、お前には口煩いかもしれないが
それでも情報屋にまともな暮らしをさせてやるのも
デカの甲斐性なんでな」

ということは俺はお前のポチかよ、と
パンに思いきり齧りつく。

「情報屋の中にはマエ持ちも少なくないし
そうでなくてもまともな堅気として
生きていけない奴も多い。そんな奴らを
少なくとも道を踏み外さないで生きられるように
してやるのも俺たちの仕事の内だ、
そうオヤジも言ってたよ」
「オヤジって、父親も刑事だったのか」
「ああ」

それは初耳だ。でもその薫陶を受け継ぎ
そのご令息も見事ご尊父と同じ道に入られたというわけだ。
俺なんかとは訳が違う、さんざんオヤジに刃向って
挙句の果てに生命まで狙われ
ようやくここまで逃げ込んだ銅鑼息子とは。

「そうでなくても、お前といるとつくづく
ワトソン医師の気持ちが判るよ。どれだけ彼が
ホームズをコカインから足を洗わせたいと
やきもきしたことか」

俺の真向かいに座る槇村はそう言うと
煙草に火を点け、ひとしきり紫煙をくゆらせた。
そういやこいつはまだ知らないのだ、俺にとって
コカインを含めクスリ全般が地雷であることを。
久々にオヤジのことを思い出しちまった後ならなおさら。

「言っとくがな槇ちゃん――」
「ああ、あの当時はまだコカインは
せいぜいがこの程度にしか思われてなかったんだろ?」

と手に持った煙草を軽く掲げた。

「これでも伊達にガキの頃から
ドイルや乱歩は読んじゃいないさ。
それでもワトソンにとってはホームズのその
悪癖だけは受け入れ難かったんだろうよ。
それさえ無ければ彼はロンドン一、いや世界一の
天才的な名探偵だったんだから」

そしてちらりと俺の方を見遣った
まるでワトソンがヤク中のホームズを憐れむような眼で。
――あいつが、俺のことをただの情報屋として
「飼い慣らそう」と思っているだけではないということに
気がつかない冴羽撩じゃない。少々語弊はあるが
「男が男に惚れる」っていうやつか。
だが俺にとってこいつの利用価値は、せいぜい
まだ居ついて間もないこの街の水先案内人。
それもそのうちここにも慣れて、槇村抜きでも
何不自由なく仕事もできるようになるだろう。
そうすればお払い箱だ、こんな堅物
そして洒落の通じる気の合う奴と組むのも悪くない
かつて相棒だったあの金髪野郎のような――
今は、それまでの辛抱……

―――――――――――――――――――――――――

「リョウ、おいリョオっ!」

とゆっさゆっさと俺の肩、というか上半身全部を
揺さぶる手は白魚のような華奢な手で、だが
そのやり方はいささか乱暴で強引で――

「起きてるよ、もう」
「じゃあ早くベッドから出てきなさいよ」
「この時期それには時間がかかるの」
「ったく、せめてお昼前には起きてきてよね
昨夜は帰りが遅かったら起こさなかったけど」

と相変わらずの小言にこちらも思わず
苦笑いを浮かべながら、毛布を跳ね除け大きく伸びをする。
時計が指し示すのは、正午の15分前。ってまだじゃねぇかよ。
そして香はというと勢いよく窓のカーテンを開け放った。

「ほら、こんなにいい天気!
お日様がもったいないとは思わない?
昼間っから遮光カーテン締めきりにして」

口を開けば出てくる言葉は全く同じで
結局俺は槇村をお払い箱にするどころか
その後もずるずると組み続けて、その挙句
その妹までこうして背負い込む羽目になった。
その間もずっと小言の言われっぱなし
おかげであの頃から比べればずいぶん
真人間になったはずだが、それでも未だに
ちゃんとしろだのろくでなしだの、ひどい言われよう【泣】
まったく、これじゃあの頃とちっとも変らない。
そしてその上、

「おーい、撩。もう起きてるだろうなぁ」
「……顔を見る前からこれかよ」

下から呼ぶのは陰気なバリトンで。

「小言幸兵衛と、その妹幸子(こうこ)か」
「え?なに?」

あ、こいつには落語ネタは通じないのか
同じ兄妹とはいえ。
でもこうして相変わらずの小言をステレオどころか
マルチサラウンドで浴びせられる今の生活を
俺は案外、悪くないと思っている。

K・Kコンビ 桑田さん「小言を言い続ければ」 NHKニュース