blind faith

ちょっと学校でいろいろあった。
でもそれは毎度のように、ひかりのヴァイタリティ溢れるお節介と
それを背後からクールに突っ込む秀弥の鋭い洞察で見事解決。
これがオレたち生徒会の日常業務みたいなものだけど
こんなことが続くと少々考えずにはいられなかった
メンバーの中で、オレの存在意義っていったい何だろうと。

さっき名前が挙がっていなかった中でも、ジェイクは
持ち前の情報網(ただのタラシ、ともいう)と
機械関係の知識という“二芸”で重宝されている。
でもオレの取り柄といえば――ただの馬鹿力くらいのもの
それ以外何か特段に秀でているわけでもない
性格も、良くも悪くも一長一短ある面子の中で
ごくごく普通の常識人という自覚もある。
もっとも、幼いころから仕込まれてきた訓練と技術は
この中では一番厳しいものだったはずなのだけど
その結果がこれだ。そもそもの才能が無かったのかもしれない
父さんと母さんはあれほどのレジェンドだというのに……

とぼとぼといつものように、玄関ではなく(一応ある)
店のドアを開けた。

「鴻人か」
「ただいま、父さん。母さんは?」
「買い出しだ」

あいつが行くといつも余計なものを買ってきて困る、と
聞き慣れた愚痴をこぼす。オレもいつものように
カウンターの内側へと入ると、制服の上着を脱ぎ
自分用のエプロンを首に掛ける。そのとき、

「何かあったのか」
いつもとは違う言葉が投げかけられた。

「ううん、大したことじゃないよ」
「そうか」

父さんはそれ以上深入りはしない。
これが母さんだったら気にして根掘り葉掘りするのだけれど。

「すごいね、父さんは」
「何がだ」
「こうして目が見えなくても全部お見通しなんだから」
「声を聞いていればだいたい判る。それと足音だな」

そう言いながら高い戸棚へと楽々手を伸ばす。
どこに何が置いてあるかは全部頭の中に叩き込まれている
だから逆に違うものを置いてしまうと拳骨を叩きこまれるのだが。

「お前だって、凄いじゃないか」
「何がさ」
「顔を見ただけで、相手が
嬉しいのか哀しいのか判るなんて」

髭の下の口元がわずかに緩んだ。
そんなこと、当たり前だと思っていた。でも
口角を上げてにっこりしているから嬉しい
眉を八の字に下げて涙を浮かべているから哀しいと
そんなのは生まれつき知っていたことではないはずだ。
長い間の経験と観察で覚えて、身につけてきたこと
その基準がオレたちにとっては顔で
父さんにとっては物音であるだけだ。
そう考えれば、決して「特異」とか
「人並み外れた」とかいうほどでもないのかもしれない。
(もっとも、父さんの場合は目が見えたころから
それくらいのことはできていたのだろうから
充分「人並み外れて」いるんだろうけれど)

ならオレが「当たり前」だと思っている能力も
オレ以外の人間にとっては「特別」なのかもしれない
例えば山の中で足跡から動物の種類を見分けたり
星の動きから方角を割り出したりすることとか。

誰にだってできないことはある。
父さんのように、それが傍から見れば
目に見えて大きくて不便極まりない、という人だっている。
でも心配ご無用、その分それを補えるだけの
違う何かというのが備わっているし
それを備えられるのが人間の能力というもの。

世の中バリアフリーだなんていうけれど
街中の段差を無くしてみたところで
人生いたるところ、つまづきの石だらけだ。オレたちにとっても。
でもそれは無くすべきものではなくて、本当は
乗り越えるべきものなんじゃないのかな
自分の、それを補えるだけの力と
他の誰かの、自分には無い力とで。

「ただいまー、ファルコン
あら鴻人おかえりー」

両手をエコバッグで塞がれた母さんが
肩でドアを押さえながら入ってきた。
その荷物をどさりと床に置く物音で、

「ずいぶん買ってきたみたいだな」
「だって行ったら安売りしてたのよ」
「また余計なものを買ってきたか……」

「割引」の赤札に惑わされないのも
母さんに無くて父さんに有る立派な能力。

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