1993.12/Good Wives

街には木枯らしが吹き始め、冴羽商事もそろそろ
年越しの心配をし始めなければならなくなった頃
アパートにやって来たのは、いつものといえばいつもの
だが珍しいといえば珍しいお客様だった。

「香さーん、リョオー、いるー?」
「あっ、冴子さん。お久しぶり!」

一応、顔を合わすには合せていたが
ここ数ヶ月はここで逢うことはほとんど無かった古馴染み。
しかも最近1ヶ月はご無沙汰だったなんて
今までの付き合いでは考えられないくらいだ。
でも、それは――

「はい、コレ。お祝い」

いつものように、まるで自分の家のように自然に
リビングへと上がり込んだ彼女の手には
さほど大きくない手提げ袋。

「そんなぁ、わざわざ……」
「だぁって、当日は直接行けなかったから
そのお詫びも兼ねて、よ」

と手渡された物の、それほどでもない重さにほっとする。
包みを開くと――

「ロックグラス?」

シンプルながら繊細なカッティングの施されたグラスが、2客。

「これから撩も家飲みが増えるんじゃなくて?」

そうウィンクする表情は相変わらずの女狐だけれど
ここしばらく美容院どころではなかったのだろう、
少し髪が伸びたからというわけではないだろうが
全体の印象は、以前の「警視庁の女豹」より
やっぱり柔らかくなったような――

「でも、見たかったなぁ」

彼女はソファに落ち着くでもなく、サイドボードの上に
飾られた一枚の写真立てを手に取った。
それをあまり繁々と見られてしまうと、こっちも気恥ずかしいような。

「香さんのウェディングドレス姿」
「しょうがないわよ、冴子さんは
出産直後だったんだから」

おめでたいことは重なるもので、その数日前に
彼女は無事、第1子となる男の子を生んだばかりだった。
それゆえ、あたしたちの晴れの日には来ることができなかった。
あれから1ヶ月。

「お祝いはアニキを通してちゃんといただいてるし」
「あら、それだけじゃわたしの気が収まらないわ」
「それに、ほんとはこっちがお祝いしなきゃいけないのに――」
「それはお互い様よ。ちゃんと品は頂いたし
それ以上の無理はかけられないでしょ?」

と懐具合を見抜かれてしまったら何も言えなくなってしまう
もはや彼女は「赤の他人」とはいえないのだから。

「だからね、せめて先生のお許しが出たら
最初のドライブはここにしようって決めてたの」
「冴子さん――」
「まぁ、そんなに遠くもないから
ちょうどいいってのもあるしね」
「あ、そういえば秀弥くんは?」
「ああ、今日は実家にお願いしてるわ。
でも連れて来ればよかったわね、職場復帰したら
香さんが母親代わりなんだから」

それは冴子さんの妊娠が分かった直後からの約束。

「だけど、ポルシェにチャイルドシートは
付けられないんじゃない?」
「ああ、確かに」

まだ授乳中であろう冴子さんを気遣って
差し出したのはコーヒーではなくココア。

「でも――式を挙げたっていっても
あたしたちの場合、ままごとみたいなものだから」

あたしも、あったかいココアを一口飲んでほっとしたのか
弱気な本音がぽろリと零れ出た、頼りがいのある義姉の前で。

「本当に入れる籍なんて撩には無いわけだし
前からずっと一緒に住んでて、その……そういうことも
式の前からあったわけだし///だから
なんていうか、実感が無くて
あたしたちの関係が、何か変わったような――」

ふっと、マグカップを掴む手元に目が行った。
左手の薬指にはマリッジリング――といっても
式を挙げるずいぶん前に撩から送られたもの。
こういうことだから結婚式の意味が薄れてしまうのだ。

「まぁねぇ、わたしのところも式を挙げる前から
彼が転がり込んできてたもの」
「アニキが?」

と訊かれて冴子さんは頷く。
教授のところからの退院の許可を貰っても
兄妹で済んでいた団地はとうの昔に引き払った後で
行くあてもないアニキが向かった先は
冴子さんのマンションだった。

「でも、それってプロポーズされた後でしょ?」
「まぁそうなんだけど。でも彼ったら、入院中に
住民票だけもう私のところに移してたのよ」

そうすれば同居人だと法的に確認できるから
何かあっても赤の他人扱いされることは
3割程度は減る、と聞いたのは実は
二丁目のゲイカップルさんからだったのだけど【苦笑】

「それで、式もそんなにすぐには挙げられないから
少しの間だけど同棲生活して、まぁこんなものなのかな
とも思ったのよ。結婚しても今と大して変わらないって。
でも、違ったのよ」

その言葉に、心なしか姿勢が前のめりになる。

「ドレスを着て、祭壇の前で『誓います』って言ったとき
そんなに信心深くないつもりだけど、気が引き締まったっていうか
こうして、はっきりと自分の口でそう言った以上
それを守れないようなら女が廃るってね」

再び視線を自分の左手へと落とした。
その指輪もまた、紛れもなく式で
改めて撩の手でこの指へと嵌められたもの。
でもこうして新宿の我が家へと戻って
以前と変わらない日常を1ヶ月近く送っているうちに
あのときのことが遠い夢の中のように思えてきてしまっていたけれど
そのプラチナはさっきまでとは違う輝きを見せていた。

「ねぇ冴子さん」
「ん、なに?」
「あたし、良い奥さんになれるかな?」

そう問われて見せた笑みは紛れもなく母親のもので、

「大丈夫よ、香さんは今までもずっと
撩の“良い奥さん”だったじゃないの」
「なんかそれ、さっきと言ってることが違うんですけど」

あたしもようやく笑みを浮かべながらも、その眩しい笑顔に
自分も早く追いつきたいと願った。せめて“良き妻”として。

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